授業終わりを告げるチャイムを聞いて、私はノートから顔を上げた。やった、お昼だ!腹の虫を持て余していた私は内心ガッツポーズをして、教室から先生が出て行った瞬間鞄の中を漁る。
「今日のお昼はなんだろな〜!」
んーふふ、と鼻歌なんて歌いながらお弁当箱の蓋を開けた。やった、唐揚げ入ってる!好きなおかずが入っていたことに機嫌を良くして、口元に隠しきれない笑みが浮かぶ。今日はデザートのフルーツまであるのだ。お母さんのお手伝いはするもんだね!昨日帰宅してから仕事が忙しい母に代わって家事をした自分を褒めながら、手を洗いに教室を出た。
廊下にはたくさんの生徒がいた。その中を縫って進みシンクで手を洗っていると、ふと耳に聞き慣れた声が入ってきた。
「そう言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」
「あはは、本当キセリョってかっこいいね!」
「ねーねー、今度デートしない?」
声のする方を見ると、涼ちゃんがかわいい女の子たちに囲まれていた。見た感じ、上級生のようだ。見慣れた光景に、ファンの子たちかあ、と手洗いを再開する。しかしふと、彼の様子が普段と違うことに気付いてしまった。
……あれ、涼ちゃんっていつもあんな顔してたっけ。
再び彼の方に視線を向けると、やはり。どこか顔色の悪い彼は、無理やり笑顔を作っているらしい。……何で、あんな無理するんだろ。知り合ってそう長くはないが、彼はこうして無理やりに笑みを取り繕うことが多々あった。その度に私は苛立ちのような、やるせない気持ちを抱く。
そして今回ばかりは、見過ごせなかった。それはつい最近、大好きな幼なじみから「黄瀬を気にしてやってくれるか?」と頼まれたからでもある。でも、きっとそれだけじゃない。
私はハンカチで手を拭きながら教室へ戻り、自分のお弁当箱をバンダナで包みなおした。それから近くの涼ちゃんの席にかけてある彼のお弁当箱をひっ掴んで、廊下へと出た。涼ちゃんは未だに女の子たちに囲まれていた。
「涼ちゃん!」
「……へ、実晴っち?」
にこにこと笑みを貼り付けていた涼ちゃんが表情を崩して、視線を下げる。自然と上級生の女の子たちの視線もこちらにくるが、めげない。私は右手に掴んだお弁当箱をぎゅっと握って、顔を上げた。
「こ、浩ちゃんが話があるから呼んできて、って!」
「へ?小堀先輩が?」
「そう!私も浩ちゃんのとこ行くから、早く行こ!」
だからごめんなさい!と上級生のお姉さんたちに頭を下げると、目を丸くしていた彼女たちは口元を緩めて「部活のことなら仕方ないね」と言ってくれた。や、優しい人たちでよかった!私は「ありがとうございます!」とお礼を言って、それから涼ちゃんの手を取って三年生の教室へと走った。
「え、え、実晴っち!?」
「いいから!」
とにかく三年生の教室へ行かないと、いつまた涼ちゃんが女の子たちに囲まれてしまうか分からない。本人もそれを苦に思っていないから(むしろ喜んでいるから)いいんだけど、今日は、だめだ。
疑問符を浮かべる彼の大きなまめだらけの手を引っ張りながら、廊下を駆け抜ける。浩ちゃんの教室へと飛び込んだ時には私は息も絶え絶えだった。対して涼ちゃんは一切息を乱していない。これが運動部か……。何となく悔しく思いながら、状況が理解できていないらしい涼ちゃんはおろおろしながらも背中を擦ってくれた。
「……実晴?どうした?」
息を整えていると、笠松さんや森山さんとお弁当を食べている途中だった浩ちゃんが慌てて席を立って近付いてきてくれた。ぜぇぜぇと普段の運動不足を恨んでいた私をひょいと抱え上げて、自分の席へと連れて行って座らせてくれる。浩ちゃん流石かっこいい……じゃなくて。
「……は、浩ちゃん!浩ちゃんが涼ちゃん呼んだよね!?」
息も整わないまま、浩ちゃんに問いかける。すると浩ちゃんは一瞬目を見張ってから、私の言いたいことを理解してくれたらしい。ふ、と表情を柔らかくして、私の頭をくしゃりと撫でた。
「……ああ、呼んだなあ。ありがとう、実晴」
それから入り口で様子を窺っていた涼ちゃんに手招きをして、こちらへ呼んだ。促されるままこちらへとやってきた涼ちゃんは首を傾げながら、「実晴っち大丈夫ッスか?」と心配そうに問いかけてくる。どこか不安げでもある彼に大分息も整っていた私は「大丈夫!」とピースサインをして見せた。そこでようやく、涼ちゃんが安心したように胸をなで下ろす。その間に、浩ちゃんが周りの開いた席から二つ、椅子を持ってきてくれた。私は浩ちゃんの席から下りて、用意された椅子に遠慮なく座った。それから隣に置かれた椅子をべしべしと叩いて、涼ちゃんを促す。
「ほら涼ちゃんも!」
「え、は、はいっス!」
「早くしないとお昼休み終わっちゃうよ!」
涼ちゃんの前にひっつかんできた彼のお弁当箱を置きながら時計を見る。彼にはああ言ったが、時間はまだ余裕そうだ。
涼ちゃんが隣に腰掛けて同じようにお弁当を開いたのを確認してから、手を合わせる。
「いただきます!」
「い、いただきます」
私に倣って手を合わせて言った涼ちゃんに、浩ちゃんと目を見合わせて笑う。私は涼ちゃんのお弁当箱、おかずとして入っていた唐揚げを置いてあげた。お母さんの作る我が家の唐揚げはとびきり美味しい(浩ちゃんのお墨付き!)。2つしか入っていないが、特別大サービスだ。
「……これ、いいんスか?」
「仕事もバスケも頑張ってる涼ちゃんにご褒美。心して食べたまえよ!」
私の置いた唐揚げをまじまじと見つめる涼ちゃんは少しかわいい。ふざけながらにひ、と笑うと、涼ちゃんはきらきらと睫毛の目立つ目を輝かせた。
「実晴っちありがとうー!ん、んー!めちゃめちゃ美味しいッス!」
「良きかな良きかな!」
唐揚げをもぐもぐと頬張る涼ちゃんの頬が緩んで笑顔になる。それが嬉しくて私もにこにこと笑っていると、私のお弁当箱にころん、と何かが転がされた。レタスの上に乗ったミートボール。差し出したのは、浩ちゃんだ。
「……浩ちゃん?」
「実晴にも、ご褒美」
よく出来ました、と言わんばかりに再び頭を撫でられた。誉められたのが嬉しくてにへ、とだらしなく頬が緩む。
それから浩ちゃんは涼ちゃんにもミートボールをあげていた。それに感激した様子の涼ちゃんは、自分のお弁当箱からソーセージを私たちのお弁当箱にぽんぽんと置いた。そんな私たちの様子を見ていた笠松さんと森山さんが顔を見合わせて呆れたように笑う。
「……保父と園児二人」
「飼い主と犬二匹」
「それだ」
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20130502