きらきらプリズム | ナノ






 大好きな人の背中というのは、どうしてこんなにも落ち着くんだろう。ベッドに腰掛け前のめりの体勢でバスケ雑誌を読み耽る浩ちゃんの広い広い背中にぎゅうぎゅうと抱きつく。
 私と浩ちゃんの間には頭二つ分くらいの身長差がある。だから今ぺたんと彼の後ろに座り込んだ状態でも、私の顔は浩ちゃんよりも頭一つ分くらいの差が出来ている。彼の浮き出た肩甲骨にぺったりと頬をくっつけながら何をするでもなく引っ付いていると、パタンと雑誌をとじた音がして顔を上げた。



「終わり?まだ読んでていいよ?」

「いや、読みたいとこは読み終わったから大丈夫だ。せっかく来たのに待たせて悪かったな」

「んーん、平気!」



 これは気遣いなんかではなく、紛れもなく本心だった。私の中の浩ちゃんは当然物心ついた時からの幼なじみなのだが、幾多見てきた中で彼が一番生き生きと輝いているのはバスケに触れている時なのだ。だから私はバスケに耽る浩ちゃんが大好きだし、浩ちゃんをきらきら輝かせてくれるバスケも大好きだ。
 それを浩ちゃんも分かっているから、ぶんぶんと大きく首を横に振る私に眉根を下げて照れくさそうに笑いながら、「ありがとう」と頭を撫でてくれた。浩ちゃんの筋張った、指先の堅くなった大きな手が頭の上を行き来する。幼いころから何度も何度も行われてきたこの行為は、浩ちゃんが嬉しかったり、褒めてくれるときにしてくれる。そうするとまるで嬉しさやら何やら、正の感情がびびびとこちらにまで伝わってきて私まで幸せな気持ちになってしまう。だから私は幼いころから、浩ちゃんの手は魔法の手だと思っていた。



「そういえばとうとう今日ね、涼ちゃんが私とクラスメートだって気付いたよ」

「はは、やっとかあ。思ったより遅かったな」

「ね。涼ちゃんあまり周りに興味ないから、仕方ないけど」



 つい、拗ねたような口調になってしまった。慌ててお昼に貰った美味しいシュークリームを頭に思い浮かべて気持ちを切り替えようとしていると、浩ちゃんが「実晴、」と優しい声で私の名前を呼んだ。



「なあに?」

「出来る範囲でいいんだ。ただたまにでもいいから、黄瀬を気にしてやってくれないか?」

「……涼ちゃんを?」



 きょとんとしたまま尋ねると、浩ちゃんが「ああ、」と頷いた。黄瀬はあれでいて、危なっかしいからな。そう思案げな表情をする浩ちゃんがさすのは、もしかしたらバスケのことだけを言うのではないのかもしれない。浩ちゃんは周りをよく見ていて、心配性だから。
 それに涼ちゃんが心配っていうのは、なんとなく分かるから。



「でも、どうすればいいの?」



 涼ちゃんは少し危なっかしい。それは出会ってからのこの短い間で既に分かりはじめていた。けれど、それを理解したところで、意識したとしたって、私に一体何が出来るのだろうか。
 なかなか浮かばない答えにうんうんと唸ると、浩ちゃんの笑う気配がした。どうしたんだろう。浩ちゃん?と笑みの理由を尋ねようとした瞬間、今まで前のめりだった彼が上体を後ろに倒して、体重をこちらにかけてくる。のし、と寄りかかってくる大きな体に、私はずりずりと後ずさった。壁にぺたりと背中を預けてみると、彼のベッドはその体に見合うよう大きめだから、丁度浩ちゃんの頭が膝に乗る。
 膝に乗った重さが心地よくて、いつもは遥か上にある短い黒髪に指を滑らせた。下からこちらを見上げてくる浩ちゃんが、目を細めてこちらに腕を伸ばしてくる。大きな手のひらが私の頬に触れると、彼はふ、と頬を緩ませた。



「実晴がそのままでいてくれたら、それでいいんだ」



 難しく考えなくていいのだと、穏やかな口調で浩ちゃんが語る。本当にそれだけでいいの?若干疑問と不安は残るが、浩ちゃんがそう言うなら、きっとそれでいいのだろう。なんてったって、私は元来考え込むのがあまり得意ではないのだ。



「うん、分かった!」



 任せて!とばかりに胸を叩けば、浩ちゃんが吹き出してあはは、と大口開けて笑う。それからありがとう実晴、と嬉しそうに口にするから、私はにっと歯を見せ応えながら、話題のひよこ頭に思いを馳せた。



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20130424
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