きらきらプリズム | ナノ






 授業中、二つ前の席。先生にさされて慌てて立ち上がる小さな背中をぼんやりと眺める。



「春はあけぼの。ようよう白くなりぬる山ぎ……山ぎわ、すこしあかりて――」



 実晴っちのはきはきとした女の子らしい声が、時々つっかかりながらも教科書を音読する。あ、漢字ミスってる。先生に指摘されて必死に読み直す姿に、教室のところどころから微笑ましそうな笑みが漏れる。
 実晴っちはクラスで男女問わず小動物のようにかわいがられている。ちょこまかと小さな体で動き回るところとか、確かにそれっぽい。
 そんなことを考えながら再びぼんやりと小さな背中を眺めていると、前触れなく自分の名前が呼ばれはっとした。どうやら今度は自分が読む番らしい。わたわたと立ち上がりながら教科書を開いてページを探していると、いつの間にか席についていた実晴っちがくるりと振り返って教科書をこちらに向けて、とんとんと一点を指差している。



(……あ、)

「っと、秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて――」



 実晴っちが指差す場所から読みはじめ、一段落終わると教師から了承の声がかかった。ほっと息を吐いて席に着くと、振り向いたままだった実晴っちと目が合う。
 ありがとっス!
 口パクで伝えれば、実晴っちがにひ、と嬉しそうに笑って親指を立てた。



(すごいなあ)



 先生に怒られないうちに黒板に向き直った小さな背中を再び見つめながら考える。

 オレらが仲良くなったのはつい最近のことだ。それなのに実晴っちと接していると、まるでずっとずうっと前から仲良しだったんじゃないかなんて錯覚を抱いてしまう。それくらいに、彼女は自分のテリトリーに人を招くのが上手いのだ。
 今だって、それまでだってそうだ。ついこの間の昼休み、ちょっとだけ疲れが溜まってたあの日。オレの手をぎゅっと握って三年の教室まで駆け出して行った小さな柔らかい手のひらを思い出す。一回りどころか二回りも違う手がオレの手を力強く握って、廊下を駆け出した。オレは何があったか分からず目を白黒させて付いていくしかなかったけれど、息を切らせながら三年の教室まで引っ張った彼女の横顔に、あのくらいの運動じゃ全然平気なハズなのに何故だか胸がぎゅっとなった。
 実晴っちがオレを気にしてウソをついてたことに気付いたのは、三年の教室に着いて、アイコンタクトを取る小堀先輩と実晴っちを見たとき。そのときはそれよりぜえぜえと息が上がって辛そうな実晴っちが心配で気が気でなかったけれど、それでもよく考えたら疲れてるのが実晴っちにはバレちゃってたってことで。それを申し訳なく思いながらも、オレは内心気恥ずかしくて、何より嬉しかった。あの大きな団栗眼には全部お見通しだったのだ。あの時貰った唐揚げが美味しかったのは、きっと味付けが良かったからだけじゃない。



「実晴っち!」

「うん?どしたの涼ちゃん」



 授業が終わるなり席を立って、ペンケースにシャーペンをしまっていた実晴っちの元へと歩み寄った。ペンケースを閉めた彼女が首を傾げながらこちらを見上げてくる。緩く結われた自然な色の髪が揺れて、きらきらの黒目に自分が映りこむ。



「きょ、今日、一緒にご飯食べねっスか!?」



 声がちょっとだけ上擦ってしまったのはご愛嬌。
 ちらりと表情を伺うと、びっくりしたようにぱちくりと瞬きをした実晴っちが、みるみる笑顔になって。



「もちろん!」



 どこで食べよっか!とまだお昼は先なのにそわそわした様子で問いかけてくる実晴っちに、つられて笑みが零れる。実晴っちが笑うだけでどうしてだかこっちにまで楽しさがびびびと伝染してしまうのだから、実晴っちは本当にすごい。
 今日はさっきのお礼に、オレからおかずをあげよう。うちの唐揚げが彼女のお口に合うか分からないけれど、それでもきっと実晴っちは、あの笑顔で受け取ってくれるハズだ。



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20130710
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