きらきらプリズム | ナノ






 彼とどういう関係なの?
 ずいと身を乗り出して詰め寄ってくる友人に、私は首を傾げながら「友だちだよ、」とパンの包装を開けながら答えた。今日はお母さんの仕事が早いので菓子パンだ。お金を貰い損ねたので、メロンパンひとつ。少し寂しい。
 まあおいしいけどね、と内心ぼやきながらもふもふとそれにかぶりつくが、どうやらまだ納得できていないらしい友人は不満そうだ。 そう言われても、本当にただの友だちなんだけどなあ。しかしどうやらそれではだめらしい。
 彼女の言う彼とは、最近友だちになった黄瀬涼太くんのことだ。幼なじみで彼氏さんな浩ちゃんの後輩で、モデルもやっている同級生。その職業柄、どうやら彼はたいそう女の子に人気らしい。らしい、というのは、どう考えても私には涼ちゃんよりも浩ちゃんの方がかっこよく見えるからだ。



「うーん……、やっぱり一番かっこいいのは浩ちゃんだしなあ」

「出た、浩ちゃんさん」



 彼女が呆れたように笑う。そんなにかっこいいの?と尋ねられ尋ねられたので、すかさずぶんぶんと首を縦に振った。
 そう、浩ちゃんはかっこいいのだ。一生あの人よりもかっこいい人なんて現れないだろうと断言できてしまうくらいに。
 それをどうにかかいつまんで伝えると、また彼女は呆れたように笑った。実晴は特殊だよ、なんて言いながら。



「普通かっこいいって言ったら黄瀬くんとかじゃん」

「……涼ちゃんってそんなにかっこいいの?」



 前々から思っていたことを聞いてみると、彼女は「えぇ!?」と大げさにのけぞった。あ、やっぱり、そうなんだ。世の中の常識ではやはり彼はすごくすごくかっこいい人らしい。しかし私の中で彼が"かっこいい"になかなか結びつかないのは、私の黄瀬涼太のイメージは浩ちゃんからずっと聞いていた「すごく実力があるけどくそ生意気、でもやっぱ憎めない後輩」という印象が強いからに違いない。
 バスケは確かにすごくすごく上手だ。ずっと浩ちゃんのバスケを見てきたから、そのくらいは未経験者な私でも分かる。でも私の中の涼ちゃんと言えば女の子に囲まれて嬉しいような時折困ったような顔をして、そして笠松さんに怒られている彼なのだ。あ、でもかっこいいから女の子に囲まれるのか。
 難しい、とぼやきながら眉間に浅く皺を刻みながらまたメロンパンに噛みついた。
 すると。



「あれっ!?実晴っち!?」



 教室の入り口から聞こえてきた声に、私は顔を上げた。そこには、仕事を終えて今学校に来たらしい噂の渦中の涼ちゃんの姿。クラスの女の子たちがこぞって彼に挨拶をする。



「え!?何で実晴っちがここにいるんスか!?」

「……だって、私ここのクラスだもん」

「え……えぇ!?」



 涼ちゃんの絶叫が教室に響き渡った。体育館では何度も会っていたが、ここのところ仕事が立て込んでいたらしく教室でちゃんと顔を合わせたのは初めてだ。
 あー……、やっぱり気付いてなかったか。初対面の時の反応からなんとなく察してはいた私は苦笑した。多分、だけど、涼ちゃんはあまり周りに関心がない。モデルにもバスケにも関わらない人たちへは特に。それはある種、自衛なのかもしれない。なんでもそつなくこなす彼なりの自己防衛。
 けど、それって少し、いやかなり、寂しい。



「……涼ちゃん」

「は、はいっス!」

「もう覚えた?」



 最後の一口を飲み込んでから問いかけると、私が怒っていると思ったらしい、涼ちゃんは困り顔から一転きょとんとどこかあどけない顔をした。それから何度もぶんぶんと頭を縦に振って、ぐっと親指を立てる。



「ばっちりっス!実晴っちと同じクラスで嬉しいっスよ!」



 にっと笑った涼ちゃんは本当に嬉しそうだ。よかった。何故かそんなことを考えて、それから「そういえば、」と自分の鞄をごそごそと漁った。確か残しておいたものがあった筈……あった!
 むふ、と忍び笑って、油断している涼ちゃんに差し出す。



「涼ちゃん、口開けて」

「へ?……こう?」

「うん。はい、あーん!」



 口の中に指で摘んだ黄色いガムを放り込んだ。涼ちゃんが首を傾げて丸いそれに歯を立てる。
 瞬間。



「〜〜っ!!?」

「ハイ涼ちゃん引っかかった〜!」



 涼ちゃんが目を白黒させて、口を押さえた。モデルにあるまじき表情をする涼ちゃんに、今まで黙りっぱなしだった友人が「何アレ……?」と恐る恐る問いかけてくる。そんな彼女に私はにやりと笑って、身悶えてる涼ちゃんにもそのガムのパッケージを見せてやった。



「超すっぱいガム!いやー、一個食べたらあまりに酸っぱくてさ、浩ちゃんに悪戯しようと思ってたんだけど」



 言った瞬間、友人に頭をパシィン!と勢いよく叩かれた。んなもんモデルに食わせんな!軽快なツッコミが刺さり、私はぶーたれた。だって、怒ってはないけど何かむしゃくしゃしたんだもん。ちぇ、とふてくされると、目の前にそそ、と紙袋が差し出される。首を傾げ、袋を開ける。
 ……あ、シュークリームだ。
 顔を上げると、味に慣れたのかガムを噛みながら申し訳なさそうに眉を下げて困り顔をする涼ちゃんがいた。



「うう、本当にごめんなさいッス……怒んないで」

「……これは?」

「あっ、これ、今日仕事場で貰ったシュークリームッス。実晴っち好きかなって思って貰ってきたんスよ」



 部活の時渡そうと思ってたんスけど、生物なんで早く渡せて良かったッス。そう言ってふにゃりと頬を緩める涼ちゃんに、ついつられて笑ってしまった。それに、我ながら凄く単純とは分かっているけど、シュークリームは嬉しい。
 紙袋の中から見るからに美味しそうなそれを取り出して、友人に一つ渡してから私もそれに歯を立てた。薄い皮がサクッと音をたて、途端に中からバニラの香りと共に甘いカスタードクリームが口に広がる。



「〜っ、美味しい!」

「なら良かったッス!」

「うん!本当に美味しいからほら、涼ちゃんも食べなって!」



 袋に入っていた最後の一つを取り出して涼ちゃんに手渡すと、切れ長の瞳が丸くなった。それから大きな手に乗ったシュークリームを見て、「いいんスか?」と聞いてくる。



「へ?だって涼ちゃんが貰ってきてくれたんじゃん。美味しいから、食べないともったいないよ!」

「でも、小堀先輩と食べるかと……」

「いいのいいの!涼ちゃんも仕事帰りでお疲れだし、浩ちゃんにはないしょ。ね!」



 ひひ、と笑うと、涼ちゃんはまた表情を緩めた。なんスか、それ。困ったように笑う涼ちゃんは、珍しい。観念したようにガムを紙でくるんで、それから自分の手元のシュークリームに噛みつく。



「……あは、ホントだ。美味しいッスね!」

「ね!」



 顔を見合わせて笑うと、美味しさが二倍になったみたいだ。さっきは意地悪してごめんね。シュークリームの甘さに吹き飛んだ今、先ほどまでのむしゃくしゃした気持ちに申し訳なくなって、涼ちゃんの前に飴玉を二つ置いてあげると、涼ちゃんがまた鮮やかな笑顔を見せる。そのあどけない笑顔がやっぱり周りの言うようなかっこいい黄瀬くんというよりむしろかわいく思えてしまって、やっぱり難しいなあ、なんて頭の端で考える。
 まあそれも、シュークリームの美味しさにすぐ吹っ飛んじゃったんだけど!



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20130407
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