▼ 破壊神に挑む、二
太宰が、すぐ後ろに立って居る。
見えない、という恐怖が更に心臓の鼓動を早くさせた。
どうしよう、やっぱりバレた。
てかバレるのはや。
あ、でも彼奴なんでか私の人間関係全部知ってるしな……全く恐ろしい。
身元を割るのもそう時間はかからないってか。
まあそんなに知り合いもいない私も悪いのだけど。
未だ私の前に下ろされている中也さんの足をなんとなしに見た。
………はっ。
つまり、この中也さんの御御足(おみあし)は、私を出させないために…この私を気遣って…!!
そう思いつつ下から中也さんを覗けば、中也さんは睨みつける様に真っ直ぐ扉の方を向いている。
可愛格好良いかよおおおおおお。
「手前の方から俺を訪ねるとは珍しい事もあるじゃねえか」
「私だってこんな不愉快極まりない部屋、一生来たくなかったね。だけどそうも云ってられない事態が起きた。中也、私が云いたいことが分かるね?」
「手前の考えなんて微塵も理解したくねェな包帯付属品」
「全く、相変わらず理解力が乏しい脳筋で困るよ」
「ああ?」
「この部屋に、私の探し物がある筈だ。例えば…その足元に転がっているかもしれない」
………どきり。
まるで目の前で真っ直ぐ指を向けられ、指摘された様な錯覚に動揺し身体が揺れる。
私の姿は中也さんの囲われた机のお蔭で見えない筈。でも彼には、そんな愚かな私の姿が見えているというのか。
分かっていた。初めから。
彼から逃げ切れるはずがないとは、分かっていた。
でも私は現状が悪化しようと、私の意思を私なりに示したかったのだ。
だって、あんな、職場、耐えられんのデスよあたしには!!
口で勝てる訳がないのだから、実力行使に移るしかないじゃないか!!
ぐおおおっと男泣きも良い所だ。
…いや実際には泣いてないけど。
泣きたい。切実に。
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―――――――――
―――――
任務が終わり、次の任務の調査書を読んでいると扉が叩かれた。
名前が名乗られない時点で妙だと思っていたが、敵だとすれば殺せばいい。下級構成員なら殴ればいい、そう思い気だるい返事をする。
するとそこに居た予想外過ぎる人物に驚き、目を見開いた。
扉の前には敵でも、下級構成員でもない、今は太宰の秘書になった筈の名前が今にも死にそうな顔で立って居たからだ。
名前を思わず呟き、何かあったのかと問うまでも無く、名前は無言で俺の机の下に潜り座り込む。
事情を聞けばあの社会不適合者、太宰に散々な仕打ちをされた挙句、此奴にとっては仕事道具であるパソコンを無残にも破壊されたらしい。
しかも面倒な書類をまとめ上げたデータを保存しない内に。
それで完全に頭に血が上った名前は取敢えずその部屋にはそれ以上居られないと判断し、路頭に迷った挙句俺の部屋に避難してきた、と。
「それでここに来たのか」
『だってぇ…だってぇっ……それでも私はやっていないっ!!』
「何だそりゃあ。まあ彼奴は他人に対する自分の外道極まる愚行を反省すべきだ。俺はお前の味方をするぜ」
『中也さんんんんん』
偶に話が飛ぶものの、それほどまでに追いつめられていたのだろう。
心底同情する。あいつは外道鬼畜の生まれ変わりと云っても過言ではない。
どうやら名前にとって問題なのは破壊されデータが粉砕(パア)になったパソコンよりも、太宰の今までの仕打ちにあるらしい。
確かに名前から話される今までの太宰の行いは名前を同情するには充分過ぎる物で、そんな名前の口からは卑劣漢やら、人間の屑やら、他にも放送できないような太宰に対する日ごろの恨み辛みが呪文を唱える様に次々に出てくる。
ついに彼奴も愛想をつかされたな、これは。
ざまあみやがれ。
『そりゃあ私も至らぬ点は多々ありますよ!?でも、彼奴、私の事ブスって、存在価値なしって、森さんの品格を疑うって…!私の仕事能力と全く関係ないじゃんか!!なんなん彼奴マジで!?…もぎ取ってやろうか彼奴の息子を!!そんで押し花みたいにして額縁に飾って、事務所のホールにでかでかと飾ってやるんですよ!題名は歴代最年少幹部の生ける伝説、これで決まりデス!!これでちょっとは彼奴の愚行も少しはマシになるでしょう?!!!』
「それだけは止してやれ名前。あの男を擁護する気持ちは微塵も無いが、生物学的上同じ性別である身として一応止めておく。…にしてもだ。俺は良くやってると思うぜ。太宰が異端なだけで。以前、手前の作成した資料を首領に見せて貰っていたが、あれは良く出来てる。分かりにくい部分も要点をまとめて書いているし、影の功労者って奴だな」
嘘でも恐ろしい提案をしてきた名前に、一応制止の言葉は掛けておいた。
後は知らねえ。自分の愚行を嘆くんだな太宰。
至極認めたくないが、彼奴の頭の切れは尋常じゃない。あれは天性の代物だ。
あれを比較対象にしろという方が無理な物。
それでも名前は名前で彼女の出来る努力をしているのだろう。
その結果作成されている資料を以前、首領から任務を託った時に拝見したが、良く出来ていた。読みやすいように簡潔にされているにも関わらず、重要な部分は抜かしていない。
情報を正確に処理できていなければそう簡単には出来ないだろう。
太宰は兎も角、一般的な視点で見れば、重要書類として十分に役割を果たしていた。
正直な見解を述べれば、名前は羨望の眼差しを机の下から向けてる。
そしてそのまま俺の秘書になりたいと云ってきた。…可愛いな、此奴。
「俺が幹部だったら出来ない話でもねェんだがな…。残念ながら、俺はまだその権限を持ってねェ」
『中也さんんんんんん』
「まあ俺が幹部になった暁には、名前を秘書として貰ってやるよ」
『寧ろ嫁に貰ってください』
「………」
………………今、此奴はさらりととんでも無い事を云わなかったか?
俺は秘書として貰う、と云う話をしていた。
いいや、それは名前も分かっている。莫迦じゃねえ。
が、此奴はなんだ。今俺に、嫁に貰ってほしい、と。
そう頼んで来なかったか?
意味を理解すればするほど、顔に熱が込み上げる。
思わず顔を手で覆った。
嗚呼、くそっ、まただ。名前にはどうも調子が狂う。
というか何でそんな重大な、女の一生に掛かる事を用事を頼むように、然も普通に口に出来るんだ!?
高鳴る心臓が収まらない内に、名前から声を掛けられる。
『…中也さん、照れてます?』
「ううるせぇ!!そ、そそんな訳ねぇだろ!!これは、アレだ!風邪だ風邪!」
『……ご自愛クダサイ』
もっと普通ならそれなりの返しが出来るのに、名前にはそれが如何してだか出来ない。
早く、早く、言葉を返さねえと。そればかりに気を取られる。
…らしくねえ。
だが、取りあえず今は良いとして、このままこの部屋に居ても犬並に嗅覚のある太宰の事だ。恐らく直ぐにこの場所も……。
―バァンッ
思考を凝らしていると盛大な音をたてて、扉が開かれた。
此奴は俺の部屋を破壊する気か?
いつものような、だが何処かいつもよりどす黒い兎に角機嫌が悪いと云わんばかりの太宰が微笑を張り付けて立って居る。只ならぬ雰囲気に空気が緊張した。
何事かと机の下から出てこようとする名前を不自然じゃない様に、組んでいた足を下ろして制する。
「やァ、中也」
「よお、クソ太宰」
名前に誰が来たか分かりやすく、本当は呼びたくない彼奴の名前を呼ぶ。
理解した名前は元の位置に戻り、机の下に静かに収まった。
「手前の方から俺の部屋を訪ねるとは珍しい事もあるじゃねえか」
「私だってこんな不愉快極まりない部屋、一生来たくなかったね。だけどそうも云ってられない事態が起きた。中也、私が云いたいことが分かるな?」
「手前の考えなんて微塵も理解したくねェな包帯付属品」
「全く、相変わらず理解力が乏しい脳筋で困るよ」
「ああ?」
「この部屋に、私の探し物がある筈だ。例えば…その足元に転がっているかもしれない」
矢張り、気付いていたか。
まるで全てを見透かすような目で俺の目を見つめ返す。
…が、ここで易々と引くのは癪だ。
「知らねえな。手前の所有物なら手前でちゃんと管理しろ。ここに探し物はねえよ」
「…なるほど。じゃあもし見つかったらこう云っておいてくれ。―――次は首輪を付ける」
それじゃ、とにこりと聞こえてきそうな笑みを浮かべ、太宰は思ったよりも潔く部屋から出て行った。
…彼奴、あんな風に笑う奴だったか?
特に探し物をしている、と云った時の彼奴の目は何かに燃えているような、熱望しているような瞳だった。
噂で太宰が名前に相当入れ込んでいるとは聞いていたが…そんな可愛いもんじゃねえ。
これは依存だ。
確かに名前は面白い。
そして、名前の持つ庶民的な平凡的雰囲気はこの組織では浮いていて、且つこの血と暴力が犇めく地下組織に生きる中、如何しても無意識に己の深層心理で望む平穏を自然と醸し出している。
が、それだけであの太宰が此奴に惹かれたのか……答えは否だ。
太宰が出た後、机の下を覗きこめば
―――――白目を向いて魂が抜けかかっている名前が居た。
「……大丈夫か?」
『中也さん今まで有難うございましたドウカオ元気デ』
「止めろ!縁起でもねえ!」
抑揚無く機械の音声の様に云った名前の肩を思わず揺する。
チューンと云う意味の分からない奇声を上げた。なんだこいつ。
しかし、先程の太宰の言葉に相当なショックを受けたのだろう。壊れた機械の様に名前の首は揺らす反動に合わせてガクガクと揺れる。
……何か、此奴に生きる気力を取り戻すためには…。
そこでふと思い出した。
『…あぁ…三途の川が見えるぅ…』
「……名前、」
『…えへへぇ……』
「…く、クレープ……食べに、行くか?」
何故か緊張して歯切れが悪くなった。
でも名前には充分だったようで、白目を向いていた瞳に此奴の黒が戻ってくる。
『行く、マス』
どうやら延命は出来たようだった。
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