黒の時代編 | ナノ


▼ 破壊神に挑む、一

あれを持ってこい、これを持ってこい、お茶を汲んで来い、やっぱり珈琲、ミルク多め砂糖多め、お腹空いた、書類を片付けろ、掃除しておけ、詰まらないから歌を歌え、何か面白い事を話せ、肩を揉め、ゲームしよう…まあこれは良いか。

一度遣れば何でも熟せてしまう太宰は、勿論人使いの荒さも達人級で、彼の秘書となってからまるで馬車馬のように太宰にこき使われる日々を過ごしている。

秘書というのも名ばかりで、やっていることは本当に召使のそれだ。…いや、それ以上である。

しかも散々こき使われているにも拘らず、太宰はそれに対して全く感謝しようとはしない。寧ろ私がしていることは凡て当然の事、と云わんばかりの態度だ。
腹の立つことこの上ない。

…うっわ。なんか本当にムカついてきた。
むっちゃ苛々するわ。


収まらない苛々をぶつけるようにキーボードを叩いていると扉が開いた。

向くと其処にはにっこり笑う太宰の姿。
嗚呼そう云えばあの包帯付属品、会議に行ってたっけ。

今日は自棄に視界に入れたくなくて、全然気が付かなかったヨ。


「たっだいまー!良い子にして待ってたかい?」

『はいはい。名前さんは超絶良い子に太宰の云い付けを忠実に守ってせっせかこの書類を片付けてます』

「おや?自棄に不機嫌じゃないか。お蔭で人並みな顔が見るに堪えない」

『……』


此奴本当にぶん殴ってやろうかな。一回。マジで。

赤の他人にここまで尽くしている私に労いの言葉の一つでもその聡明な頭には浮かんでこない訳?
その見返りがブスだと?巫山戯ンな。

私は何か。お前の迷惑受け皿か。
漫画で裏主人公だからって調子乗ってんじゃないの。いや、本当に。

云っとくけどお前、主人公は主人公でもサブだからね、サブ。本当の主人公は虎の少年だから。
ちょぉーっとイケボのイケメン枠でミステリアスな処に多数の女性ファンを抱え込んでるけど、本編の主人公は別だからな。少しは立場を弁えろよこんちくちょー。

これ以上構ってられるかと太宰の言葉を無視する。しかし太宰はそれが面白くなかったのか、自分の席に座らず私の横につかつかと革靴を鳴らして寄ってきた。

それを不満げに無言で見上げる。

太宰もまた私を無言で見下ろす。


「……」

『…何』

「……気に入らないな」


太宰はバッと私の手元にあった書類を奪い取った。
今、私が先程太宰に頼まれてパソコンでまとめている書類だ。

え、マジで此奴何なの。
お前が云い付けた書類だろうが。

は?と意味の判らない行動をする太宰の顔を見ると、蔑む様な微笑みを張り付ける太宰。


「君は書類整理が得意だって事を聞いたから秘書に貰ったのだけど、とんだ期待外れだ。詐欺も良いとこだよ。仕事は遅いし、情報処理能力も低い、要領も悪い…良く首領の秘書として働けていたものだ」

『……すみませんね、仕事出来なくてええー』

「おまけに無愛想と来た。あーあ、嫌だねえ。これじゃあ首領の品格を疑ってしまうよ」

『…っ、ちょっと其処まで云わなくても良くない!?』


確かに組織で生ける伝説と云われ歴代最年少で幹部に伸し上がった、秀英かつ頭脳明晰、たった一目で十も二十も百もあっという間に情報処理して理解してしまう頭の持ち主である太宰に、平凡極める私の脳みそはそれこそ塵屑に思えるだろう。

けれど私は私なりに頑張ってきたつもりだ。自分の出来る範囲で、精一杯。
こんな訳も分からず突然異世界に連れて来られ、理不尽にもポートマフィアに入れられ、恐ろしいドンパチの銃撃戦を生き抜き、情報員になれたのはそれこそもう悪運や奇跡の賜物だろう。
それを容認しろとまでは云わない。

けれど、これまでは何も云わなかったのに、何故急にそんなことを云うのか。


「私は事実を口にしたまでだけど?君なんて、まるで居る価値が無い」


何故例え口先だけでも、存在価値なし、と烙印まで押されなければならないのか。

がたり、と態と大きな音をたてて席を立つ。


『兎に角その書類返してくだサイ』

「やァだね」

『……っこの!!』


腕を掴み書類を奪おうとする。

それを奪われまいと太宰は後ろへ下がる。
パソコンの電源コードが太宰の足に引っかかった。

そのまま気付かずに太宰は後ろへ下がる。
私も書類を取り返すことに集中している為、それに気づかないで腕を伸ばす。

その時だった。


―――――ガッタンッ


電源コードに引っ張られ、それに接続されたパソコンは机から落ちた。
それはもう叩きつけられるように。
画面がブレた後、チューン、という何とも切ない鳴き声でパソコンは電源が落ち、画面は真っ暗になった。


…………………データを保存しない内に。


私の中の何かも、切れる音がした。


書類に伸ばしていた手を下におろし黙って俯く。


「あ、はは……」

『………』

「名前…?怒っちゃった?」

『触ンなチンカス蛆虫野郎』


太宰が此方に伸ばした手をパシッと振り払い、早口に言い切った。
彼の横を通り過ぎ、真っ直ぐにこの不愉快極まりない密室から出る扉へと向かう。

ドアノブに手を掛け、扉を開き、振り向いた。

太宰が冷や汗をかいて、行場の失った手を上げている。

今さらそんな顔したって、全部遅いのよ貴方。


『…実家に帰らせて頂きます』


―バァンッ


扉を破壊せんと云わんばかりに力任せに閉じた。


――――――――――――――
―――――――――
―――――


「それでここに来たのか」

『だってぇ…だってぇっ……それでも私はやっていないっ!!』

「何だそりゃあ。まあ彼奴は他人に対する自分の外道極まる愚行を反省すべきだ。俺はお前の味方をするぜ」

『中也さんんんんん』


此処に逃げ込んだのは正解だったようだ。

言葉の綾で実家に帰りますとは云ったものの、勿論この世界に私の家など存在しない。
自分で言っておいてあれだけど、改めてその事実に悲しくなった。

でも知り合いの少ない私には当然行く宛もない。しかし戻りたくない。絶対。
そこでそう云えば、と中也さんの顔がフラッシュバックし、今私は中也さんの執務室、しかも中也さんの机の下で体育座りをしている。

何も云わずに扉をノックして入ったときはとても驚かれた。
そりゃあ部屋が何処にあるかなんて、云ってなかったですしね。

まあこの前、中也さんがこの扉に何も云わずに入っていたのを見たから、若しかしてここが中也さんの部屋なのかと思っただけなのだから。
間違えたら巻き戻ろうと軽く考え、その扉を叩いた。

そしたら見事中也さんが座って何やら書類を読んでいるじゃないか。
突然入って来た私に驚き、中也さんが言及しようと口を開きかけたけど、その間もなく私は机の下に収まったと。こう云う訳だ。


『そりゃあ私も至らぬ点は多々ありますよ!?でも、彼奴私の事ブスって、存在価値なしって、森さんの品格を疑うって…私の仕事能力と関係ないじゃんか!!なんなん彼奴マジで!?…もぎ取ってやろうか彼奴の息子を!!!そんで押し花みたいに額縁に飾って、事務所のホールにでかでかと飾ってやるんですよ!題名は歴代最年少幹部の生ける伝説、これで決まりデス!!これでちょっとは彼奴の愚行も少しはマシになるでしょう!!!?』

「それだけは止してやれ名前。あの男を擁護する気持ちは微塵も無いが、生物学的上同じ性別である身として一応止めておく。…にしてもだ、俺は良くやってると思うぜ。太宰が異端なだけで。以前、手前の作成した資料を首領に見せて貰ってたが、あれは良く出来てる。分かりにくい部分も要点をまとめて書いているし、影の功労者って奴だな」


書類に目を通しながら、中也さんは頬杖をついてそう云った。
……太宰の件があった後だからだろうか。

中也さんが神に思える。


『………私、中也さんの秘書になりたいデス』

「俺が幹部だったら出来ない話でもねェんだがな…。残念ながら、俺はまだその権限を持ってねェ」

『中也さんんんんんん』

「まあ俺が幹部になった暁には、名前を秘書として貰ってやるよ」

『寧ろ嫁に貰ってください』

「………」


……おやおや?
テンポよく話していた会話が突然止んだ。

机の下から中也さんを覗き見ると、あのクレープ事件と同じように顔を真っ赤にして顔を手で覆っている。
でも片手は書類を持っているため顔を覆いきれていないし、今回は下から覗いているので前回顔を背けられていた時よりも良くそのお顔が拝見できた。


…え、これって、若しや。


『…中也さん、照れてます?』

「ううるせぇ!!そ、そそんな訳ねぇだろ!!ここれは、アレだ!風邪だ風邪!」

『……ご自愛クダサイ』


…………マジかよ。


なんと説得力の無い良い訳よ。
思春期真っ只中の中学生ですらもっとまともな言い訳を思いつくだろうに。

取敢えず話を合わせておいたけど、そうかー中也さん、案外初心なんだなあ。マフィアなのに照れ屋とか……え、何それ滅茶苦茶可愛い。
見た目美人だし、ちょっと危ない男が居たら、普通に惚れられてしまいそうだ。

…中也さんをお守りせねば。
ごくり、一人で使命感に燃えた。

まあ今は守って貰っている身だけれども。

でも、この後どうしよう……。
ぶっ壊されたパソコンは異能の方でどうにかなるだろう。でも壊れた私と太宰の関係は残念ながら私の異能で如何にかすることは出来ない。

こうなると改めて私の頼りが無いことが明確になってくる。
森さんをこんな意味わからない喧嘩に巻き込みたくないし、だからと云ってこのまま中也さんの言葉に甘え続ける訳にもいかない。

どちらにせよ、この先太宰に関わらない儘で入れる訳がないのだ。
寧ろこういう拗れは時間が経てば経つほど複雑に絡まっていってしまうもの。

元はと云えば只何となく苛々していた私が悪いのだ。
頭ごなしにいつもなら軽く受け流せるようなことも、毛玉を取るコロコロのように全て引っかかってしまって。

そして、そこに存在価値なし、と、図星の様な事を云われてしまって。
まるで、この世界にお前なんて居る意味ないと、そう云われたような気がして。

太宰は全くその気が無い……否、ちょっとは本気で思ってたかもしれないけど、兎に角そういう意味で云ったんじゃないというのは分かっている。
ただ、自分の中の蟠りを、浮き彫りにされただけだ。

でも十ある内の六悪いと云っても、私がこんなに苛々を募らせた原因である残りの四は間違いなく太宰が原因。

このまま私が折れてしまうのも、少し…否、大いに腑に落ちない。

でもでも、と考えているとバアンッと凄まじく大きな音で扉が開かれた音がした。

突然の大きな音に反射的にビクリ、と肩を揺らす。

な、何だ何事…出て行こうとしたら中也さんの組まれていた足が目の前に降りてきた。
……これは、今は出るなと云う事なのか?


「やァ、中也」

「よお、クソ太宰」


声の主は今最高に会いたくない太宰だった。


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