黒の時代編 | ナノ


▼ 帽子と買い物、三

「名前!私あのキラキラしたピンクのネックレス欲しい」

『ああ!確かに可愛いですねえ。エリス嬢にぴったり!あ、でもでもこっちの蝶を象った髪飾りも素敵じゃありません?』

「そうね!あ、こっちの花の奴も素敵」

『あ、これなんだか御揃いみたいデスね!森さんにも買ってあげましょうか?』

「中年がこれ着けてたらキモイ」

『いやー森さんならそんなこと……あ、まあ、ちょっとキツイか。うん』


今は今日のお土産ということで近くにあったアクセサリーショップに来ている。

置いてあるアクセサリーの大半はガラスやらプラスチックなどで造られ、きっとエリス嬢が着けている物に比べれば素材も価値も天と地の差があるような安物だけど、それでもやっぱり可愛い。

私も何か買ってっちゃおうかなーなんて見ていれば、ふと二つのアクセサリーが目に留まった。

一つは銀色のチェーンに水色の小さな丸いガラスが嵌められたネックレス。
もう一方は短い銀色のチェーンに、赤い雫型のガラスが付いたストラップ。

前者は私が欲しいと思った物だけど、後者は何となく森さんに似合いそうだと思った。

ネックレスの方は一見地味に思えるが、スーツを着ている上でならそんなに目立たない奴の方が良いはず。
私服を着る機会はあまりなく、普段着が最早スーツとなり始めている私にとってあまり派手なアクセサリーは好ましくない。

でもなー。
二つ買うには私の財布がちょいと寒い。

森さんから、え、家具でも買い揃えるんですか?と聞きたくなるような金額をぽいっと渡されたから本質的なお金が無い訳ではない。

けどなんかこういうお金、使うの怖いじゃん?
後で利子付けて倍返し言われたら怖いじゃん?

借りたお金はその日に返せっていうのを教えられてきた私は、少し引け目を感じてしまう。

…うん。やはりここは森さんにお土産を買って、次に機会があるとき自分で見に来て、そんでまだ在ったら絶対買おう!

泣く泣く決心すると、ふんわり甘い香りが鼻を掠めた。


「何悩んでんだ?」

『んおおおおう?!!ちち中也さん!』

「元気だな手前」


ぬっと後ろから綺麗な赤毛が出てきて、横を向けばそれはもう二重のくっきりおめ目があったものだから驚いた。

職業柄、仕方がないのかもしれないけど後ろから気配も足音も無く近づいてくるのは止めてくれ。
普通に心臓に悪い。

本当にこっちに来て、私はどのぐらい寿命が縮んでるんだろう。

中也さんはそんな私など露知らず、私が見つめていたアクセサリーを見てほうと感嘆の声を漏らした。


「なかなか良いセンスしてるじゃねェか。どっちにすんだ?」

『自分は青い奴が欲しいんですけど、赤いのは森さんへお土産にと思って』

「森さん…って、まさか首領のことか!?」


あ、その反応は新鮮。

驚愕し、只でさえ大きな目をこれでもかと見開く中也さんは信じられないとでも言いたげだ。

経緯を説明すると少し納得した上で、良く生きてるなと感心された。えへ、名前ちゃん褒められちゃったぜ。

まあでも実際そうなるよね。
自分でもちょっと信じられんし。

こんな風にエリス嬢を任せてもらえるし、部屋は貰えるわ御飯に呼んでくれるわ……。
正直何考えてるのかはさっぱりではあるけども、本当に至せり尽くせりである。


「じゃ、二つ買うんだな」

『否、自分のお金で払いますよ』

「は?駄賃は首領から貰ってんだろ?」

『そりゃあそうですけど。でも森さんの御金で買ったら森さんが森さんに買ったみたいで、なんかそれだとお土産とは言えんのデスよ。てか私が嫌だ』

「……変な奴だな、手前」

『よく言われます。自認はしませんけど。んまあ、自分のはいつでも買えますしー。ここは一つ、涙を飲んで森さんの御土産を買う心算デス』


そんな優しい名前ちゃんにハグミー!
なんてね。冗談、冗談。
まあ、あわよくば何かお零れ、藁しべ長者狙いは否定しませんが。

けど実際、少し我慢したうえで後々手に入れる方が感慨深い。

赤いガラスのストラップを手に取ると、丁度良くエリス嬢もアクセサリーを選んだのかカゴに乗せてきた。

結局エリス嬢は、最初に気に入ったピンクのブレスレットと花のブローチ、そして私が薦めた蝶の髪飾り、など目に付けていた全てを選んだようだ。

おおう。

ザ・お嬢様買い、である。
私もそんな買い方をしてみてえ。

時刻はもう夕方を過ぎている。

そろそろ森さんがエリス嬢不足で干からびてしまうかもしれない。

私達三人は足早に事務所へと戻った。


―――――――――――
―――――――
―――――


「それじゃあ、今日はありがとうね」

「いえ。問題ありません」

「それは良かった…エリスちゃーん!今日は楽しめたかなあ?」

「悪くなかった」

『そう感じて頂けて良かったです』

「後で今日あったこと聞かせてねえ!」


森さんが溶けたアイスも驚く程のでれっでれ振りでエリス嬢に駆け寄った。

たった数時間だったにも関わらず既に禁断症状一歩手前だったのか、今や森さんの視界にはエリス嬢しか映っていない。

流石中也さんはそんな光景にも慣れているのだろう、静かに礼をすると扉に手を掛けた。


『あ、中也さん』

「…?なんだ」

『あーえと、今度は食事系のクレープ食べに行きましょう、と思いまして』


話しかけたは良いものの、何を話すかちゃんと決めてなかった所為で歯切れ悪く話す。
驚いたように中也さんは目を見開いたけど、直ぐに可笑しそうに笑った。


「楽しみにしてる」


はぁ、イケメンだわあああ。

もう一度中也さんは森さんに一礼すると、今度こそ部屋から出て行った。
なんか、ここ最近でやっとまともに会話出来る人と会った気がする。

またいつか一緒にお出かけできたらいいな。
そして、今度はあの帽子について会話に花を咲かせたい。

中也さんが出て行った扉を見ていると、森さんに話しかけられた。


「どう?名前ちゃんは今日楽しめた?」

『そりゃもうばっちしデスよ!エリス嬢のお蔭で羽を伸ばす事が出来ました』

「それは何より。ところで……」


それは何かな、と森さんは私の持っている袋を指差す。

中に入ってるのは森さんへのお土産。

しかし、よくよく考えればこんな陳腐なストラップ、却って失礼なんじゃね?

大中小企業の数多を携える地下組織、ポートマフィア。
その頂点に君臨する森さんだったら、欲しい物なんて指ぱっちんで魔法みたいに何でも出てくるだろう。

そんな人にただ巷のちょっとしたアクセサリーショップで買った高々千円札を二枚召喚するぐらいの価値しかないストラップだなんて…。
…あ、やばい泣けてくるわ。

私が躊躇して出しあぐねていると、森さんは目の前に移動して微笑んでいた。

ほのかな甘い香りが鼻腔を過る。

高級なおじ様って、どうしてこう良い香りがするのだろう。

ほけーっと間抜けにも森さんの顔を拝見していると、流れるような動作で手に持っていた袋を取られる。


……って、ちょっと!!


『あ、ちょっ…!森さん!めっ!森さん!!』

「おや?これは誰かに贈り物かな?」


ラッピングされたそれは、どう考えても自分向けの物ではない。

いや、そりゃあだって貴方の為に買いましたもの。


「さて、名前ちゃんはそんなに誰かと関わる機会は多くないだろうから知り合いは少ないだろうし…君の上司としては誰に渡すのか気になるのだけど」

『………ん、デスよ』

「うん?」

『もっ、もも森さんに…買ってきたんデス。プレゼントフォー・ユー!…なんちゃって』


あははーと部屋に響く空笑いが虚しい。

やばい。森さんの顔が見れない。
私より断然高い森さんの顔は見上げなければ分からない。

けど何も言わず動かない森さんを不審に思い、顔を上げればそこには狐に抓まれた様な顔をした森さんの姿があった。


「これを私に?」

『…ハイ。あ、でもでも、きっと森さんが聞いたら逆に驚いちゃうような金額ですよ。なんたって一の位に数字が入りますからね。はは、ウケル』


森さんは最後まで聞かず、可愛くラッピングされた小袋からストラップを取り出した。

珍しい物でも見る様に、顔の前に持ち上げて四方八方からそれを観察する。

いやもう本当にそんな初めてこんなもの見た、みたいな顔するの止めてっ!大変居た堪れない。
私の庶民ハートが間もなくブロークンしてしまう。

見てられなくなり、また顔を伏せた。


「…確かに、今まで貰ったどの贈り物よりも値段は安いだろうねえ」

『あ、いや…もう手に取って頂けただけでも大変恐縮なんで、気が済んだら捨てちゃって結構デスヨ』

「捨てるだって?とんでもない!」

『……え、と』


森さんは私の前に屈んで微笑んだ。


「確かに、このストラップの値段はそう高くないだろう。けど、それとは比べることの出来ない価値がある。違うかな?」

『………』

「きっと今まで貰ったどの贈り物よりも、私の事を考えて選んでくれたのだろうね」


そう云って微笑む森さんの顔があんまり優しくて、少し照れくさそうだから、私は遂に幻覚を見始めたのかと思った。


こんな、顔して、笑ったりするんだ。


森さんは黒外套のポケットから携帯電話を取り出し、ストラップを付けた。

シンプルなデザインではあるものの、思った通り森さん自身の品格が良い所為でストラップが尚引き立ち、小さな赤の煌めきが森さんの色気を更に倍増させているように思える。

森さんは私に向かって、また微笑んだ。


「どうだい?似合うかな?」


……………惚れてまうやろおおおおおう!!

貴方の後ろに後光が差して見えます、私には。

その底知れない優しさは一体どういった仕組みで成り立っているのか。

もしや、森さんは多重人格なのか?
あのクソチート自殺マニアより、全っ然良い人だよ森さん!
それが表向きだけかもしれないとは言え、私の中で森さんの株は鰻登りである。

前の世界では太宰派だったけど…どしよう。
森さん派に転嫁しようかな。

だってだって格好良いんだもの。
大人な余裕も、醸し出される危ないフェロモンも、良い意味で期待を裏切ってくるサプライズ性も…!

今日は中也さんにも会えたし何だかんだ少しは親睦を深めあい、しかも森さんの超絶貴重な照れ笑いを御見受けすることも出来た。

この上なく、最あんど高な一日である。

すっかりこの世界を堪能しちゃってるなあ、とムフムフしながら自分の膝に座るエリス嬢の髪に本日買った蝶の髪留めを付ける。

やっぱり美少女は何を付けても本当に似合う。ぐうかわ。


けれど取敢えず太宰、マジ許すまじ。


結局中也さんに私の話について訂正することが出来なかった。…まあでも、最後にクレープの約束もしちゃったし。

………あれ?もしや私の食い意地は本物?訂正箇所なし?


はは、笑えねえ。



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