Etoile Filante | ナノ
Quatre [5/13]
  一夜明けた。
  朝とも昼とも言い難い頃合いに赤い髪を揺らしてそぞろ歩くのは海賊船の大頭である。酒の匂いがよく似合う飲屋街から一度寝ぐらの我が船に戻ったのは随分と夜更けの事で、なにやら副船長に入り用の話を言付けていた。それから一段落してシャンクスは再びこの島…『アイタオルック』の地面を踏んでいたのだった。

「…いと…、」

  いとの行方は杳としてわからぬまま、片方の手は寒々しい宙を掴むだけで指の間を虚しく空気が通っていくだけだった。行ってくる、と振り向かずに言った声は長年の付き合いの幹部連中しか分からない程であるが…硬い。

「頼んだ。」
「オゥ。」

  船に残る副船長は紫煙を空に吹きかけてやがて書庫へ向かう為に左足を動かしていたのだった。

「お、今日は一人で行くのか、着いてってやろうか?」

  この船一番の狙撃手が声を掛けてきたのはさて、暇つぶしか大頭が血眼で探そうとする彼女に興味が湧いたのか。シャンクスが碌に返事をしない内にひょいと船から降り立ち、隣りに並んで歩調を合わせ出したのだからシャンクスは赤い髪をなびかせ微笑ってしまう。
  一人より二人の方がいいだろ?と気前よい声を出す狙撃手にそうだな、と相槌を返して街への煉瓦道に入っていった。

「…まァ物珍しいワケなんだな、コレが。」
「何がだ?」
「大層おモテになる赤髪さんが逆にメロメロになってんだ、珍しいったらありゃしねェ。…なァどんな女なんだ?『いと』ってのは?あれか、ボンキュッボンか?」
「ボンキュッボン…。…じゃねェな、うん。」

  男の両方の手付きはなだらかなラインを作る。にひひと笑って腕を組み直してから一人納得した様に何か遠い思い出を懐かしんでいた。

「惚れちまった方が負け、なんていうが…今のあんたを見たら正しくその通りだ。実体験も踏まえると益々。」
「いとにおれは勝った試しなんてねェよ…そんだけ惚れ込んでるつうこった、負けっぱなしだ。たぶんこれからも。」
「へェヘェごっそーさん。素敵な惚気をありがとよ。」
「そりゃどうも。わかってるから無駄な抵抗をせずに惚気てるんだよ。…シンプルだろ。」
「ああハイハイ、どうぞご自由に。遅めの春を謳歌してくれ。」
「いとに会うまで春を取っといただけだ。」
「ヘェ、ヘェ…。それじゃァ愛しのお嬢さん探し、頑張らせてもらいやしょうか。」
「頼もしい限りだ。」

  話も一くさり。自信満々に話すこの男の本音は何処から何処までか、なんて探る気すら毛頭無いヤソップはから笑いを一つ二つついたのだった。
  そぞろ歩きはいまだ続く。

「…ん…?」
「どうした…あぁ、昼間流星群(デイライトシャワー)…ねェ…。」
「…あんたらも知らねェのか?今度はアベックすらでねェしよ…。」

  街中に入っていったのはそれから半刻過ぎた程であろうか。目に付いた大衆食堂に入って一言目がこれであった。







「…あー…、…おれねてた…?」
「あ、はい。おはようございます。」

   うららかな陽だまりは柔らかい。木目のベンチは暖かく器用に横になって高いびきをかいていたのはエースである。オレンジ色の帽子をアイマスク替わりに、バックを枕にすれば居心地の良さは抜群だった。ぱしぱし、と目を開けると陽だまりに瓜二つのあたたかい面差しがエースを見つめていたのだった。

「…はよ。買えたか?」
「はい。お待たせしました、お金出していただいちゃって…本当にありがとうございます。」
「気にすんな、他に要るもんがあったら言ってくれ。」

  そういうの、気が中々回らねェんだおれ。と苦笑混じりにはにかむとのそのそと体を起こすのであった。横向きの世界は縦向きに、いとの髪とロゴの入った大きめの紙袋が風になびいたのを見届けて申し訳なさそうに眉を下げた顔へと口角を上げてやるのだった。

「ま、座れ。」

  少しずれて手を小招くといとは人半分程空けてちょこんと腰掛けた。当然ではあるが着替えというもの、荷物と呼べる物がいとには一切無い。見かねたエースが財布を彼女へと押し付けたのであった。…因みに今まで彼女が入って行ったのは下着を取り扱う店である。

「お借りしたお金は必ず返しますので…。」
「いーよ、たいした額でもねェ。」
「でも。…でもやっぱり、」
「いい、いい、」
「でも、でも、」

  何時の間にか、むぅ。と顔をつき合わしてしまっていた。いとが、エースさんが、と譲り合いの言い合いとなってしまったところで笑いがどちらとも無く滲み出てきてしまう。

「おあいこ…ってこった。メシ屋でおれの面倒見てくれただろ?」

  大衆食堂でエースが漸く目を覚ましてくれたのは日付が回って、モーニングセットの仕込みが始まった頃であった。勿論、その匂いに誘われてであったから店主は笑うしか無い。
  エースが眠っている間借りてきた毛布を被せ、空いた食器を片付け…せめても、と店の簡単な手伝いをしていたいとも可笑しくてしかたなく気付けばくすくすと鈴が転がる様な声を漏らしてしまっていたのだった。

「お掃除とかちょっとしただけですから。」
「店のおっさんが褒めてたぞ。出来た子だなってさ。」
「あはは…そんなたいした事、した訳じゃあ無いんですよ?あ、でも褒めていただけたのは嬉しいです。」
「ハハハッ。…それに毛布掛けてくれたのいとだろ?ありがとな。」
「いえいえ…どういたしまして。でも本当にたいした事じゃ、」
「でもあったかかった。『おれんトコ』じゃ転がしてほったらかし、時々笑って踏み付けてくるヤツだっているんだぜ。」
「そ、それはアグレッシブですねぇ…」
「『邪魔だよエース』ってな。イゾウあんにゃろう…」
「イゾウさんって言われるんですか。…ふふっ、仲良しなんですね。」
「おゥ。」

  微笑むいとは呆れる程に穏やかで優しくて…甘やかで。砂糖菓子みたいだ、とエースは頭の中で考えるのであった。喋りやすいし、己の話をやわらかく受け止めて聞いてくれる。心持ちというものが今まで出会った人物よりも『やわらかい』。このいというおんなは。

「な、いと。」

   けれどもそのやさしさにはどうにも影がある様に思えてしかたが無いのだ。
  全ては『シャンクス』に出会えない事に絶望を感じている為、なのだろうか。

「はあい?」

  エースは何度か口の中で言葉を転がす。口籠って漸く、声を出すまで沈黙が続いていたのだが耐え切れずに結局、溜め息の様な呟きを吐き出すのだった。

「…これから、どうするんだ?」
「え、と、今日は街の中を探してみようかと…、」

  シャンクスをおもい出していとは切なそうに微笑んだ。探す島は大きい、それでも必ず。と彼女は掌をきゅう、と握り締めたのだった。
  不吉な結末が不意に頭を通り抜けて行き、健気な憂いを帯びた彼女の結末へエースは影のある嘆息を一度だけついてしまうのだった。

「いや、もし…。」

(見つからなかったら。いとが『シャンクス』に騙されているというのなら。おれは。)

「エースさん?」

(こんないいヤツを、一人残してモビーに帰れるのか。)

「あの…?」

(できねェよ、普通。)

  そうおもってから、パンパン!と両手で頬を打って勢いよく立ち上がった。いざという時はオヤジに頼むかとその言葉を飲み込んでいとを見る。

「何でもねェ!さて、行くか。街ん中だな!」
「…エースさん、ありがとうございます。一緒に探してくださって…」
「どーいたしましてっ。」

  お世話になります、といともまたエースにならって立ち上がる。
紙袋がカサリと鳴ったのを聞いて彼女は街の中心部へと眼差しを向けたのだった。

「…あ、れ…?」

  視界が、揺れた。途端、に。

「っと、大丈夫か?…疲れが出ちまったのか…?」
「たちくらみ…して…」
「おい、顔、まっさお、」
「…あれ…?」

  エースが支えてくれていなければ地面に激突していた。
  眠たくも無いのに、瞼が重くなっていく。今まで感じた事の無い異常にいとは意味もわからずその場へと力無くしゃがみ込んでしまいそうになるのだった。それを防ぐ様にエースが抱え上げて「病院、」と一言呟く。

「しっかりしろ、いとっ。」
「こんなことはじめて…で…」

  余りにも急。前兆があったかすらわからない。

「『シャンクス』に会うんだろ?しっかりしろっ、元気なとこ見せてやんねェとそいつも心配するだろ?だからゼッテェ寝んな、寝たら起きれなくなるかもしんねェ!」

  上っ面だけの言葉をよく言う、と己を皮肉ってエースは駆け出したのだった。こんな時に医者の知識があれば、こんな時に飛べる能力があれば、と意味の無い後悔しか浮かばないのに腹立たしさを感じながら。

「しゃんくす…」

  己では無く、かの男の名前を呼ぶいとに理由のわからない切なさを覚えながら。
- 5 -

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -