Etoile Filante | ナノ
Trois [4/13]
「ん?食べねーのかいと?おまえもっと食わねェと骨と皮だけになっちまう。」
「ええっと…さすがに、それは無いと思いマス、ケド。」
「ほらっ、食べとけ。ホネカワスジエモンになるぞ。それに食わなきゃ元気は出ねェ。」

  正面から差し出されたシーフードリゾットはバターの香りが漂いほかほかと湯気が立っていて、上に鎮座する大きな海老や蟹の爪がさあお食べ!と訴えているかの様である。
  しかしいとはスプーンを握ったまま動きを止めてしまっている。この先どうやってシャンクスを探せばいいんだろう?という当ての無い疑問と塗炭の心苦…もあるが目の前のエースの食いっぷりのよさに釘付け、見ているだけでお腹いっぱいといった度合いの方が今は割合を多く占めていたのだった。

「…すごい…」
「ふぁにが?」
「しょくよく。」
「ふつーだ、ふつー。」

  ガツガツむしゃむしゃ!と彼女の何倍もの量を咀嚼しているエースにぱちくりと何度も目を瞬かせていたのだった。「こちらの男の人の食べる量って一体、」とカルチャーショックを受けて半ば呆然と眺めている。
  向かい合って座ったテーブルにはこの島の郷土料理がひしめき並び、手を置く隙間すら消えていた。

『あー…先ずは腹ごしらえだ!』
『でも私お金無くて…』
『へへ、まァおれに任せとけよ。』

  夕陽が沈む直前まで街の道端でいとはベソをかいていたのだがエースが豪快ながら優しくも宥めてくれ、そしてこれまた腹の虫が豪快な音を上げたのもあってか空気が和み…彼女は落ち着いたのだった。
  そうやって訪れたのが街の人間が気楽に、そして手頃に料理を味わえる大衆食堂の席へと腰を落ち着けたのであった。
  ごくん、と口のものを飲み込んでエースはいとに振り仰いだのはテーブルのパエリアが三皿程胃に収まった頃である。

「帰り、送ってやるよ。家どっちだ?」
「…え…?」

  至極当たり前の台詞であったが、『当たり前』が通用しない場所から来たいとは言葉が詰まってしまう。違う世界から来たので、なんて言い難い事この上ない。頭を打ったのか?と言い返されるのが関の山だ。折り重なっていく感情は戸惑いと不安、いとは凍った様に固まってしまったのだった。

「どした?」

  固まっている癖に目線だけは泳いでいる。そんないとの顔は迷子になった子どもと瓜二つでエースはその身空に首を捻ったのであった。ははあ、訳ありか。と一旦フォークを置いて食べるのを止めグラスを仰ぐ。己も大概訳ありであるといえばあるが…いとの場合少々もの入りの様である。勘だ。

「私、この島の人間では…無くて。」
「…あぁ…。」

  もごもごと口籠るいとにさして驚きもせずエースはだろうな、とだけ合いの手を心中入れる。己の勘が当たったと頭の隅で考えて、不安そうに己へと眼差しを向けるいとにあえて頬杖をついて笑み返してやるのだった。複雑な事情と知ったから手を引く…なんて男の風上にも置けない、そう常々このポートガス・D・エースは思っている。
  この男はこういう生き方を、している。

「言える事だけ言ってくれよ。おれもここの人間じゃねェけど、何度か立ち寄ってんだ。もしかしたらいとが困ってんのの、解決のイトグチになるかもしんねーぞ?」
「そんな…いえ、ありがとうございます…。でもお手数をかけてしまいます、出会ったばかりの方に。」
「友達。」
「え…っ?」
「友達が困ってんなら手伝う。常識だ。」

  にか、とお日様にそっくりな笑顔を向けられていとはゆるゆると心で凝り固まったものが解れていった。エースという人物は相手の心を穏やかにしてしまう特殊能力でもあるのだろうか、と思いつつ解れた唇を開く。

「人を、探しているんです…」
「そいつを探してここに来たってことか?」
「はい。…はぐれてしまって。正直彼がこの島に居るかどうかも、怪しくて…」

  ためつすがめつ言葉を選んでエースに語るいとの声は震えている。一度目をぎゅと瞑れば瞼の裏には快活に、大きく口を開けて笑うシャンクスの顔が蘇る。声を聞きたい、触れたい…あいたい。とやり場を失った感情は自分勝手に心中を暴れ始めて、喉がカラカラに渇いていく。

「一緒に探そうぜ。」
「エースさん…、」
「居ないって証拠も無い。だろ?」
「…はい。」

  潤む瞳を無理矢理押さえつけてありがとうございます。と頭を米つきバッタの様にペコペコ下げればエースは微苦笑になって彼女の頭を撫でてやったのだった。
  そんなに馬鹿丁寧に言われるなんてガラじゃねーんだ、と頭に手を乗せてやったまま笑い飛ばす。

「ひゃ…っ、」
「髪やっわらけェ…あ、そうだ。いと、探してるヤツの特徴教えてくれよ。
「は、はい。歳は…たぶん十代前半の、男の子です。身長は私よりも頭半分くらい小柄の。」
「少年…。」
「とても綺麗な…本当に鮮やかな赤い髪をしていますから…目印にするなら髪色が一番かと。」
「赤毛…」
「エースさん?」
「あ、いや…なんでも。」

  赤い髪、と聞いて真っ先に思い出すのは同業者のあの男である。いとが小首をかしげるのを見て、はたと我に返って続きを促したのだった。

「名前は?」
「シャンクス、です。…名字は聞いてません。」
「…シャン、クス。」

  待て、どういうことだ。
  エースの頭の中で混乱の大嵐が吹き荒れる。その名前を持つ男なら知っているどころか顔を合わせた事だってある、確かにハッとする髪色だった。『赤い髪のシャンクス』はエースが知る限り一人しか居ない。
  だが、だが。歳がまるで違う。あの男は己よりも遥かに歳上でかなり体格もいい。いとが嘘をついているならまだわかるが、彼女と今まで話していればそれが真実の言葉であり懸命にその『シャンクス』を探そうとしているのが痛い程わかる。
  ならば、騙されているのは?

「いとの方…なのか…?」

  騙されているのか、悪い冗談なのか、はたまたあり得ない偶然か…いやこの海に『あり得ない』なんてものは無い。…あァ、考え込んでも答えなんて出て来やしないのは己が一番よく知っている、ああいうのは一番隊長の仕事だ。

「あー…!」
「え、えーすさん?」
「わからん…っ!」

  悩みを振り払う様に両手で髪を後ろに撫で付ければ、目の前にきつね色にこんがり焼き上がったミートパイが飛び込んできたのであった。

「…とりあえず今日はもう飯食って寝ちまおう。夜の街はいとにゃ危ねェ、本格的に探すのは明日からだ。」
「はい…。何から何まで、ありがとうございますエースさん…。」
「あーだからーそれ止めろよ、くすぐってェ。」
「そうだぞネェちゃん、男ってのは頼られてナンボ!だ。はいよ、お待たせ追加だ。」
「まだ食べるのですか…!」
「え?うん。」
「ハハ!おれらもびっくりな食いっぷりだ。」

  追加を両手に携えた店主らしき男が歯を見せて愉快そうに笑う。空いた皿を下げながらしっかり腹ごしらえを備えてくれよ。と壁のポスターに視線を投げたのであった。

「昼間流星群(デイライトシャワー)…?」
「ん?あんたら『これ』を観に来たんじゃねェのかい?」

  アベックはみぃんなこれ目当てだからてっきり。でもまあ一見の価値はあるぞ。とやはりうわははは!と豪快に笑い去っていった店主に頬を染めて困り顔をしてしまったのはいとの方であった。

「ええ、と。…あはは。…ここは昼間に流れ星が降るんですか、すごいです…ね。」
  
  苦し紛れにリゾットを口に入れたが馴染みの無い味だろうか、飲み込みに違和感を覚えてしまうのだった。頬の火照りを取りたくてパタパタと扇いでから、ちびりちびりと咀嚼しエース方へと視線を向ける。が。

「…。」
「え?あれ?…エースさん?」
「…。…ぐー…。」
「ねて、る…。」

 おっかなびっくり、遠慮がちに声を掛けてもまるで起きない。店主が肩を叩いてもてんでさっぱり起きやしない。エースはそうこうしている間に遂にテーブルに突っ伏して、気持ちよさそうに寝息を立てていたのであった。
  …因みにいとは、文無しだ。エースから財布を漁る訳にもいかない。

「ニィちゃんが起きるまで居ていいぞ…。」
「ありがとうございます…。」

  起こすのに躍起になって、そして疲れた店主がいとに乾いた笑いを向けたのはすっかり夜更けになってしまってからであった。

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