Gift | ナノ

勿忘草と天夜叉と
※not連載お嬢さん




「あら、まあ。」
「フフ!驚いたかなまえ。」

  気候穏やか夏の島。冬将軍の足音遠い小春日和の寧日の、そんな一日。ホテルの離れを貸し切って海賊どもは気まま暮らしを謳歌していたのだった。

「漸く落ち着ける?」
「やっとなァ。で、これは待ち惚けの、」
「おわび?」
「ご明察。」

  何せここ最近、やれ同業者だそら戦闘だと大忙しだったもので……このバカンスは誰も彼も待ち望んでいた。
  海の上じゃ死に神とダンスを踊っている様なモンさ、土の上くらいのんべんだらりバッカスと乾杯させとくれ!
  すなわち、この大男と少女然した女は海賊であったのだ。大男は頭目、女は……長年連れ添った恋人である。
  男の名はドンキホーテ・ドフラミンゴ。女は、

「なまえ!」
「はあい?」
「桃色は嫌いじゃねェだろう?」
「ええ。あなたの色だもの。」

  その答えにひどくご満悦の大男はホテルのテラス、ぽかぽか陽気で包まれたガーデンソファに腰掛けたのだった。小さな机にはサンキャッチャーと飲みかけのティーカップ、彼女は持っていたもの……最近熱心に読む一冊をそこへ置いて大男からの贈り物を受け取るのだった。
  ぎゅうぎゅうひしめき合っているが狭くはないかい有象無象の諸君?と大男はそぞろに眺め、彼女の言葉を待つのだ。

「花束をくれるなんて。ねぇドフィちゃん?」
「お気に召したか。」
「とっても。可愛いお花をありがとう。」

  まるでサンキャッチャーの如く微笑んでいた、きらきらと光の粒が舞っているとさえ思ってしまう。そんな微笑をなまえは浮かべて花弁をひとひら撫でてみたのだった。

「蘭程気難しく無く。」

  朗々、この大男の声はよく通った。

「薔薇より穏やかで。」

  通る声は、たおやめの耳朶を擽りながら鼓膜へと辿り着く。

「毛色の違う、おれのなまえへ。」

  珍しい一品さ。と自身が愛用する桃色のコートの様なそんな花を一瞥したのだった。リボンは赤、細身のそれは何を暗喩しているのだろうか。

「おれを忘れてもらっちゃ困るんでな!」
「最近バタバタしてたからねぇ。」

  あれそれと手広くこなす大男に「無理は禁物よ。」と子供をあやす口振りでなまえは言う。それから「心配性ねぇ。」とも擽ったそうに囁くのだった。

「勿忘草なんてすごくメジャーよ。」
「ん?分かり易い男は嫌いじゃねェだろおまえは。」
「ふふ、そうね、」

  本来。
  この大男は幾つも顔を持っていた。ポーカーフェイスはなんのその口八丁手八丁にブラフを張り巡らせては、嘘か本当かしたり顔。そんな、『底の知れない男』である。

「なまえだけさ。」

  そうその通り。なまえばかりには随分と甘ったるく、甘ったれで分かりやすいこの『お伺い』をたてたのだ。
  『忘れないで。』とわざわざ。自分の桃色のこれを用意する程度には……なまえの心を掴んで離そうとはしない男であったのだ。

「本当は昨日おまえのところへ行けたんだが。」
「……昨日…あ、私、ベビーちゃんとお出掛けしてたでしょう?」
「ああ。夜も。」
「デリンジャーちゃんとお話してたわねぇ……。」
「そう!」

 「 おれは記憶の隅っこ、崖っぷちに晒されたかと勘繰っちまう。」そう言ってからなまえの髪を一房掬い、くるくる指に巻き付け始めたのだった。彼女はされるがままだ。

「なまえチャンはどうやら人気者でなァ。おまけになんでもかんでも優しく扱うときた。」
「皆の事が大好きだから、お話するしお出掛けだって断れないの。」
「しょうがねぇお嬢さんだ!」

  なまえのそういう愛情深さも美徳として愛しているのに大男は、ドフラミンゴは、おどけて狂言回しじみた真似をするのだった。嫉妬しています、とは言わない癖に態度は矢鱈見え透いていた。
  なァなまえチャンよ、そろそろその小さい桃色より大きい方を可愛がっちゃあくれないか?

「そうねぇ。……ドフィ。」
「なんだ?」
「大好きな人は有難い事に大勢いるし、好きなものもたくさんあるわ。けどね。」

  目尻からふにゃりと蕩けていき、花が綻ぶ笑みを今一度見せたのは大男が誂えた桃色を抱くなまえである。

「ベビーちゃんと手を繋いでも心臓はうるさくならないし、」

  花弁をひとなで。こてりと小首をかしげる。

「デリンジャーちゃんとお話してもあの子にきゅん、とはならないわ。」

  そして一拍。勿体ぶっているというよりは気恥ずかしくなってしまった、といった方が正しいだろう。薄く紅色に染まった頬、伏せ目がちな瞳は微かに潤んで。

「あなただけよ。あなただけなの。」

  忘れるわけないわ。と囁くと身を少しばかりよじる。大男が破顔したのは言うまでも無く、髪から指を解くとそのほっそりとした頬の輪郭をなぞるのだ。

「ヤキモチ焼いてもらえたの、実はすごく嬉しいって思っちゃった、ごめんね。」
「フッフッフ!おれが分かり易くて良かったろ。」

  さあ、キスをして仕切り直しだお嬢さん。
  大男が降ってきていよいよ視界が彼一色になったところでなまえは遂に声をくすくす漏らしてしまうのだった。
  可愛いひと、私のドフィ、と花より可愛く愛しいおとこの背中へそろり腕を回すのだ。

  勿忘草はサンキャッチャーが振り撒く光の粒に塗れている。







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