Gift | ナノ

イゾウと夏祭り


あな、めでたや




  グランドライン、とある島、暮れゆく夕頃。錨をばしゃんと落とした季節は囃子賑やか夏のさまま。
  言わずもがなお祭り騒ぎが大好きなのがこの連中。島に巡らされた提灯に心踊らされて太鼓の音にステップ踏んで、屋台から流れる香ばしいソースの匂いに唾を飲み込んだものだ。
  ここはワノクニの文化が根付いてるんだよい、とは不死鳥の言葉。
  毎年この時期になるとここに寄るのさ、とはコックの言葉。





「そこなおひぃさん。」

  さてこちらは甲板にひとり佇む艶おとこ。島へと駆け出してしまった輩を眺めて夕涼み、ひとしきり。徒花待てば待ち人きたりてふたり笑み。
  おんなの身したくはおとこの為さね、と吐く息さえも色みを含み。気兼ねする良人の頬をそろりと撫でて手を降ろす。
  粋な花でも見に参ろう。と柳の眉をゆらし揺らして陽の入り刻。薄暗闇の中を砂利の音立ててそろりコロリと歩くのだった。

「足は痛かぁないか?」
「うん。下駄、久ぶりで……ちょっとよたよたしてるけど、」

  お見苦しい限りです、とまろび紡ぐのは浴衣すがたの早乙女である。おとめに似合う、いっとう似合う柄の浴衣はほんの少し前を歩くこの艶男が目利きした一色だ。
  砂利でよろ、となるたび袖が右と左と振り乙女はあえかな姿を見せる。……艶おとこは、ニイと紅引いた口元に弧を作るのだった。

「いや。色っぽいってぇもんさ、しなを作る別嬪は眼福だ。なぁなまえ。」
「……私にはイゾウの方が色っぽくみえてしかたないよ。」
「はは、」

  からからり、と笑うイゾウにふわふわ笑むなまえ。砂利の音は鈴の声と重なり七重八重。提灯のうす紅とよく似合い、ふたりは祭囃子への道歩く。

「粋だねぇ。」
「きれいだねぇ。」

  香りが海から、土のそれへと変わりゆく。変わるのだ、潮と風から草と雨のにおいへと変わり。川のせせらぎさやか、小さく光るは蛍だろうか。人の灯火、鳴かぬ蛍の恋焦がれを頼りにしてふたりは歩く。
  共に過ごすこのひと時、ひととせを恋衣で包む良人のいとおしさよ。息を吸うて吐くと同じく、今この時は言葉の甘やかさに揺蕩っていた。
  そうしてじきにこの夢うつつにも似た狭間は終わり、人の町へと入り込むのだ。

「見えてきたなァ。……さてなまえに何を買うてやろうか。」

  人の声がする、じきに朱色が見えてくる。出店だろう、食いものと子供の喜ぶ手慰みを売っているのだろう。隣に添うて身を屈めまるで秘密をひとつふたつけしかけるイゾウに、まんまる眼になまえは小さく驚いて見せるのだ。
  買うのはもう、決まっているの?くすくす鈴の声に目を細めたのは艶おとこ。そうさね、男に花を持たせてやるのが色おんなってものさ。と気さくに言うのだ。

「ありがとうね、イゾウ。」
「それでこそ『白ひげ』イチのいい女ってもんだ。」
「もう、そんなことばっかり言って、」

  今宵のイゾウは機嫌が良い。
  射的がいいか?それともりんご飴でも見繕うてやろうか?と小首をかしげるのだ。

「えっと、じゃあね、水ふうせん…」
「おや。」
「モビーに持って帰れるし、暫く取っておけるし。そうしたらまた船出してからもイゾウと一緒に眺められるでしょう?」
「おや。……おやおや。」

  そう来たか、とまたまろび笑い。なまえは今日そういえばひぃさまでもあったなァとまたその頬をするりと撫でてやる。
  おままごとをしている様な子供っぽいお願いを良人がするとどうにも、色気を見つけてしまうから困りものだ。

「よォし任せとけ。」

  何色がいい?
  ……あの赤いのがいい。
  よし。
  
  ちょいと待ってなご新造。と言いのけて財布から出した小銭がちゃりん鳴った。色とりどりの風船浮かぶ、小さな海をじいと眺める徒花。
  アンタ白ひげさんとこの隊長さんじゃあないか、おいおい手加減してくれよときっぷの良い太眉が一頻り笑い騒いでいるうちに、ひょいっと、まあるい赤いのが釣り上げられて提灯のひかりにきらきら輝ていた。きらきらは、イゾウの手からなまえの手へ。

「わ、ありがとう…!。」
「ひとつで充分。」

  あんまりたくさんあると、このおひいさんの可愛い眼差しを風船に取られちまうだろう?なんて茶目っ気を目一杯、振りまいて立ち上がる。
  どれそろそろおいとまするか、とイゾウが小首かしげてなまえも頷きまたそぞろ歩きが始まるのだ。

「もう少ししたらいいものが見れる。」
「いいもの?」
「まあそれまでは、」

  のんべんだらりを楽しもうじゃあないか。
  今度はふたりと、ひとつ。ぱしゃぱしゃ笑う水風船を間に挟み人混みを抜けていく。

「おおイゾウ、逢引か。」
「あァ。……あんまり見てくれるななまえが照れちまう。」
「なぁにを今更。」

  見知った顔馴染みをすり抜け、また通るのは蛍路。
  喧騒いずこと目を見張る程また静けさが訪れて、下駄の音がまたコロリと鳴る。

「フォッサさんお顔真っ赤だったね。」
「タコみてェだったな。」
「この風船よりも赤かったかも。」
「これと比べちまうのかい。」

  こんなにお綺麗じゃあないだろうおっさんの酔っ払い顔は、なんてまた戯けるイゾウの目尻は柔い。

「赤いのは、そうだね、エース君…それにイゾウのイメージが近いねぇ。」
「水風船が?」
「そう。」

  抜ける様に目立つのがエースの茜、それよりも深い真朱がイゾウ。青に黄模様がマルコ。一番大きな白が我らが偉大なる親父殿であろうか。なまえの絵空事は、なんともあどけない。先ほどのままごとと、背中を撫でる色がよみがえる。まさかワザと煽ってるんじゃああるまいねこのおひぃさんは、ごちるイゾウはしかし言わず。代わりに下駄鳴らしまた蛍路を進むのだ。

「きらきらして、まるで皆さんの笑顔みたいで。きれいだなぁって思ったの。」
「それで、おれから『おれ』を貰って大事に抱えてるのかい?」

  深い赤ににんまり笑い、おまえは可愛いおんなさね。と暗がりを帳にしてなまえの肩を抱き、寄せてはふっくらとした唇を見つめるのだった。塗られた紅を己の唇に移す、このいっときに喉を鳴らすのは己の本性がおとこである何よりの証しである。

「……イゾウ…」
「あぁ…いい声だ…」

  掠れ声は、番う声。抱き締めたまま囁いてそろりそろり伺うなまえを見つめ、暫くすればやがて眩しいひかりと腹に響く低音に包まれるのだった。

「ちょいと寄り道し過ぎたか。」
「花火?」
「ご明察。」

  秘密の穴場があるんだよ、とまた歩けば路は開いて小高い丘にたどり着く。出迎えは空の大輪、煙のにおい。蛍は隠れ提灯も力負けして土のひかりはしばしの間忘れさられてしまうのだ。

「偶然見つけてな。……ここを教えるのはなまえが初めてさ。」
「ほんとう?」
「本当さね。」
「ありがとう…素敵なプレゼントもらっちゃったねぇ。」
「いや?」

  どん…どん…と響く音は鼓膜の奥に宿る。大輪が咲くたびに暗がりから一瞬昼間に戻ったかのごとく。その一瞬にイゾウは随分とたのしそうに唇の端を上げていた。

「火の花の、うす色拾ってきたと嘯けばお前さんは笑うかい?」

  ちょいと気障ったらしいか。と袖に手を突っ込めば袂から覗く袱紗は縷紅の色。そのままほぐして摘み上げれば、またひとたび咲いた花火が白銀のきらめきを際立たせていたのだった。

「笑わない、けど、嬉しくて笑っちゃいそう。」
「そいつは上々。」

  あかい飾りの簪ひとつ、御髪にさしてくだしゃんせ。機嫌のいいのは艶おとこ。白地に縹、群青の模様の着物をいなせに着こなす男であった。
  赤によく合う色であった。

「別嬪さんにますます磨きがかかっちまった。」
「ふふっ、どうしたの?こんなに褒めてばっかり。」
「仕方ないさ、おまえが可愛いからなァ。」

  この島の何よりきらきらと輝いて見える、可愛いおんな。それがなまえ。
  そう囁いて、ひかりの御簾に身を隠し。こぼれ花を掌で包むおとこにはこの可愛いおんなとよく似合いであった。






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