Gift | ナノ

外科医のハート
男がひとり椅子に座りて酒を飲む。

「イロオトコだなー…」
「キャプテン、こんな時間に珍しいですね、ここにいるの。」
「おまえらか。」

 長い間喉を震わせていなかったからか、『イロオトコ』の声はすっかり掠れてしまっている。それもその筈刻は夜更け、夜長の共連れであるグラスは汗をすっかり汗をかいてしまっているのだった。
 お決まりのコッパーカラーにミントが一枚浮かんでいる。

「キャプテン何読んでんですか?」

 ぺらぺら、と頼りない音を出すのは最近立ち寄った港で買ったのであろう雑誌だった。パールとローズの飾り付け、ポップは大層可愛らしく、おおよそ男が読む頁には程遠い。ミントクーラーの相棒としては不釣合いじゃあないのか、と問うのは野暮であるしついでに問うのであれば『お連れ様はどちらに?』と言った方がしっくりくる。この男は必ず、と言っていい程恋人を傍らにおいていたからひとり身の姿なぞ久々に見た気がするのだった。
 キャプテン曰くなまえならもう寝た、だそうだ。

「大したモンじゃあ、いや、そうだな、」

 歯切れの悪い答えである、珍しくも。
 思い耽っていったりきたり、この男の隈の様に境界線はあやふやで思案は暫し続くのだ。目の前の雑誌は紛れも無く女向け、そしてこのキャプテンの真剣な眼差し、まぁ憶測するには実に易かった。ついでに言うならあのこの誕生日が近い。

「なまえちゃんへのバースデープレゼント、悩んでんすか?」
「……。」

  あっさり正解を導き出してしたり顔、サングラスはキャプテンでも無い癖になにやらソワソワし出して口元を歪ませてしまうのである、こういうのを人は出歯亀、と呼ぶ。
  ……この『出歯亀』からすればずっとキャプテンとなまえを見守っていたから老婆心が疼くとか、どうとか。
  おまえ男だろ。
  なら老爺心か?
  揚げ足取りかシャチの癖に。
  えっ、ババァはあってジジィは無いんすか?

「踊る議会はここにゃ無ェぞ。」

  さて、と。誰が言ったともいえぬ一区切りにそれもそうかと残りは右習え。ここに滅多にお目見えすることの無いクルーに相談を持ち掛けるハートのキャプテンが誕生したのであった。話のノリが上手く乗った結果である、人生勢いで思わぬ脇道に逸れる場合もある。

「ちなみに。アテは幾つか付けたんですか?」
「なんだペンギンも混ざるのか。」
「老爺心さ。」
「なぁるほど。」

  雑誌をチラリと眺めるペンギンにキャプテンは返事せず、そのまま頁と頁の間に指を差し込むのだった。開いたところ、その角に折り目を付けていた場所を残り二人が覗き込めばポップ体がデカデカと踊っている。

「ネックレス!」
「……このルビーが候補だ。」
「控えめな大きさで……さり気ないカンジがいいですね。」

  良かったベビードールとかランジェリーとかじゃなくて、とはペンギンの心の中だけで呟かれている。まァアクセサリーを選んで贈る男の心理たるや独占欲が強く、アクセサリーを着けさせる事で所有権を主張しているのだとか。
  このキャプテンであるなら、この四方山話を知っていそうではある。知らなくとも聞いたところで「そりゃあいいな」とニタリとわらうのだろう。

「単純に誕生日で選んだが……どうにも、イメージじゃあ無ェ。」
「えっ?でもなまえちゃんに合うと思いますケド……」

  馬鹿違う、所有権を主張するんだ。所有者のイメージにも合ってないと駄目だろ。ともう一度ペンギンの心中はため息混じりを漏らすのだった。キャプテンはシャチの疑問に応えるでもなし、なら服か。と頁をめくるのだった。
  また、頁の角に折り目、随分と目移りしていたのだろう。

「服って好みあるんじゃ。」
「おれがなまえの好み知らない訳無ェだろうが。」
「ですよねー。」

  『今年のトレンド』の特集らしい、夏らしい爽やかな彩りがお行儀よく並んでいたのだった。クリミナルのミニスカートから始まりサマーニットを通り過ぎて……君と羊と、青で締め括る。

「くんじょう……ってディープ・ブルーの事っすかねー…このしゅしゅカワイイと思います。」
「なまえならベースは淡い色だ、で小物を、こっち。」

  ああ、余り肌を出さないのは確かになまえが好むだろう。下世話を囁くなら、キャプテン、これ脱がせやすそうですね、である。露出の低い服こそ脱がす時にその下を覗くオタノシミが増える。
  男の浪漫だ、贈った服を脱がすのは。ペンギンだって浪漫だと思うしシャチだって二つ返事で応というのだろう。

「幾つ贈ってもまあ、構わないとは思いますよ。でもなまえの性格を考えれば気後れするのは必須でしょうね。」
「あァ。だからどれに的を絞ってやろうか、」

  伏せ目がちでキャプテンは小さな溜息を漏らしている、艶ややかな男だこの男は。
  色気持て余して頁の上へと垂れ流れている、本来注ぐおんなは今はベッドで夢の中。口角を僅かに上げた男はゴシック体を長い人差し指で丁寧になぞっているのだ、Kの文字の向こうに誰を見いだしているのかは……言うだけ野暮だろう。

「ふむ。……差し出がましいですがキャプテン、」
「あ?」

  色気をおもむろに紙で挟んで頁を閉じれば、スターフィッシュの表紙がお目見えする。氷が溶けて薄くなったミントクーラーを煽るキャプテンはペンギンの声に相槌ひとつ打って、それから雑誌をコースターだと思い込んでいるのか水滴で濡れるのもお構いなしにグラスをトスンと置くのだった。

「これだとなまえに『プレゼントする物』、じゃなくてキャプテンが『プレゼントしたい物』になっちまいます。有り体に言えば自己満足で完結してしまうってやつに見えちまうというか。」
「……人間なんて自己満足で息をする生物だ。だが、一理はある。」

  斬られて並べられるかな、と覚悟はしていたがキャプテンは意外と肯定的でペンギンの言葉を咀嚼する様に顎杖をついて考えているのであった。

「そもそもなまえちゃん、なにもらったら一番喜んでくれますかねぇ。」
「あいつは基本何貰っても米つきバッタになるからな……物欲が薄い人間の方こそ手が掛かる時もある。」
「それを半分以上楽しんでる御仁もいらっしゃいますしね。」
「さァ、誰だろうな……?」
  
  迷う事すら愛おしい、とは酒精の世迷い言なのだろうか、さてはて。

「キャプテンの気持ちをたっぷり込める、とか?」
「おまえはどこの乙女だよ。……ああでも、女性は言葉で愛情を伝えられると弱いそうですよキャプテン。」
「ことば、か。」

  物欲が乏しいなら、こういう手でアタックしてみてもいいかもしれませんね。とまとめたペンギンに一瞥したキャプテンはまた何やら考え耽り出すのだった。

「贈るモンは、ひとつだけっていう決まりは無ェな。」
「あったとしても守る気なんて更々無いでしょうに。」
「ハ、よく分かってるな。……それと言葉、か。」

  カラのグラスを持って立ち上がった男はひとり、参考なった、とだけ呟いてお開きを宣言するのであった。後ろ手にひらひらと手を軽く振るその先は間違いなく自室だろう。なまえが待つベッドの。

「ま、キャプテンなら大丈夫だろ。」
「まーな。」

  残るは出歯亀と老爺、後日の祝いを待つばかりであった。







「あら?」

  少しだけ賑やかな潜水艇、少しだけ朝寝坊してしまった彼女が起きた時には共寝をしていた男の姿はすっかり消え失せてその代わり、皺の寄ったシーツの上に花束が佇んでいた。
  優しい色合いだ、白とオレンジ色が一番目立つ、彼を思い出させるような花束だった。

「……私に、だよね…?」

  なまえへ、と書かれたメッセージカードを見つけてから両手で掬うように携えまじまじと眺めてしまう。それから、こんなに可愛らしいものを彼が買い求めに行ったのかと思ってしまえば次第にくすくすと微笑みが漏れてしまうのだ。

「うれしいなぁ……」

  きっと色々考えてくれたのだろう、彼のことだから。一人で頬を染めてしまっていればふと、花束の中に何やら潜んでいるものに気がついた。小振りのケースとそれから小振りの、封筒だ。

「『拝啓、なまえ様』……ローからの、手紙だ…これ。」

  シルクのリボンが揺れるケースは一先ず横に置いて、なまえは封筒を切る。
  現れたのは見慣れた筆跡だった。



拝啓  なまえ様

先ずは誕生日おめでとう。
おまえにはいつも世話になっている、感謝している。おまえがここに居てくれて本当におれは幸せだ、ありがとう。

なまえがいなかった頃をもう思い出せないくらい、なまえの存在がおれの中ででかくなっている。愛している。気持ちが抑えられない程愛している。抱き締めて、おまえの唇に口付けをしたい。ずっとそう思っているしこれからも、それは変わらない。
これからもずっと、傍にいろ、約束しろ。なまえはおれのもので、おれはなまえのものだ。これからもずっと一緒にいてくれ。

心からなまえがいとおしい。これを書いてるだけでおまえに会いたくて堪らなくなる。
  

トラファルガー・ロー

「……〜っ、」

  短い手紙だった、けれども、こんな手紙を貰えるなんて夢にも思っていなかった。
  視界が滲んで声も出ない、ああ、こんな事って!

「ろー……っ!」

  感情に任せて、そのまま愛しいひとの元へと駆けていく。一番最初にありがとうと言う為に。
  そして、願わくば誰よりも先に「誕生日おめでとう」と囁いてもらえるなら。

「なまえ、」

  今日という日。
  しあわせが、ふりそそぐ。




Fin


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