Gift | ナノ

文化祭と外科医
※not長編お嬢さん。
※現パロー君と敬語が口癖の女の子ですよ。






「足元見るのが上手い事だ。」
「ビジネスって言いなさいよ。…あんたにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「……。ハ、面白ェ乗ってやる、その『取引』。」
「交渉成立ね。…ふっふっふっふ。」
「…ナミ屋…?」
「よーし、みんな聞きなさい!難攻不落を制したわよ!」
「お、おい、」
「「ぃよっしゃ!」」
「おい!おまえらいつの間に揃って…」
「みんなスタンバイしてたに決まってるでしょ!ビビ、衣装合わせ任せたわ!サンジ君トラ男君に接客マナー叩き込んでちょうだい!」
「お、おい…」

  とある秋空の下そんなとある教室。賑やかしく騒がしい面々のそのやりとり少々。



  ポン、ポン、と何処かでポップコーンが弾ける音がするそんなうららかな小春日和の昼下がり。冬の入り口の陽射しはゆるりゆるり彼女の頬を撫でていたのであった。
  今日は文化祭、羽目を外して騒げや騒げ、季節の変わり目は木の芽立ちよりは緩やかだか人の木を逆なでる。通り抜ける皆々様よごろうじろ若人共が浮かれているよと秋風と喋る紅葉が笑っていた。

「ローさんのクラスは…っと…。」

  女、というには幼くて少女というには体の線は柔らかな彼女は小首を傾げていたのであった。その黒髪もまた秋風にかかればいいおもちゃで、ひと風吹くごとに肩に首筋に流れていく。
  その乱れた髪を機嫌良く直してくれる肝心要の連れ添いがいないのが…目下の彼女の小首傾げる原因であった。

「大丈夫でしょうか…。」

  人が混み合う文化祭だから仕方の無い事であるにはあるが平素の長閑な道程が恋しくもある、背の高い彼だからすぐに見つけられる筈なのだがこうも人まみれだといかんせん視界は随分前から曖昧なままだった。

「…すごい顔してましたもんね…。」

  思い返すは一週間が二回繰り返される前の事だった、と『彼』は遠い目をしていた。生き生きとした顔の女性陣、その先頭に立つ暖色の髪のクラスメイト。『ウチんとは今流行りを取り入れるんだ!』と声高らかに謳って、最近特集されたであろう雑誌を片手にしていたそうだ。

「…私も同じクラスだったらよかったんですけど…しょうがないですよね。」

  小さな小さな独り言を口の中で転がして彼女はトントンと騒がしい階段を昇っていく。目指す先はとある教室、今は内装が代わって『喫茶店』と銘打たれているが、まあ要は彼のクラスの教室だ。
  文化祭の花形といえばやはり喫茶店やバンドだろう、故に彼のクラスの出し物も『喫茶店』だそうな。目立つし客の入りもいい、彼のクラスは力を入れているらしく(こういうイベント事が大好物の連中が多いらしい)かなり本格的である、との事。

「お、おおぅ…これは、凄まじい、いやすごいです…」

  階段を昇って一息ついて目指す先を見据えての第一声はこれである。廊下を曲がればそこは別次元でした、と煽り文の様な台詞が脳みその中で踊りまくってわあわあ騒いでいた。
  だって、だってこれは見た事も無い光景なのだ、お客さまは女性ばかり、頬を染めて瑞々しい眼差しをあちらこちらに飛ばしている。

「はーい!順番待ちはこっち、最後尾はここです!順番を守ってくださーい。」

  目に見えて忙しそうに声を張るのはギャルソン姿の顔見知りだった。そういえば女子はギャルソンを着るとか言っていました、と一人納得してぱちくり眼は目的の、青みを帯びた黒髪を探し始める。黒山の人だかりの中でも背の高い彼の事だからすぐに分かりそうではあるが…。

「…わぁー…みんなすごいですねー…」

  覗き込んだ教室はいつもと違ってキラキラしい。ここはホストクラブなんですよ、と言われたら簡単に信じてしまう様な光景が薄壁一枚の向こうに広がっていた。紅茶の香りが舞うさなか、彼女がこうもすごいすごいと言い続けても可笑しくはない。

「…いた。」

  先ず、いの一番両目に飛び込んでくるのはその長身だ。いつもの短髪はワックスで後ろに撫で付けられて隠そうともしない眉間の皺が付属品よろしくくっ付いていた。目付きは相も変わらず『よろしくない』が何故かそれがお客にウケているのだから、いやはや見目麗しい男の特権というのは恐るるべきかな。

「…。」

  息を飲んでしまうのはまさにその長い足、ぱりっとしたダークグレイの燕尾服は規則正しく揺れてシフォンのスカートとエナメルのパンプスの間を行ったり来たりしていた。手つきも滞おりひとつ無く、陶磁のカップに香り高いアールグレイを注いでいる。そのうっそりとした眼差し眺めるお客はうっとりと薄桃の感嘆と光彩を賛美のように惜しげも無くおくるのであった。
  …彼はただいま最高に忙しく給仕に追われる身であるらしい。

「なまえいらっしゃーい。」
「わ、ナミさん。お疲れ様です。」
「ありがと。…で、どうかしらウチの『看板息子』は。」
「ええ、もう、すさまじい色気がありますよねー…ナミさんプロデュース流石です…。」
「ふっふっふ。まあね、クラス賞狙ってるもの。」
「執事喫茶、なんてよく生徒会とかに止められませんでしたね…」
「まあ?それは?いろいろ?」

  燕尾服を着込むのは目元に隈を貼り付けた黒髪、とそしてこのクラスの男子達である。ホストクラブでも怪しいバーでもない、今ここはこの場所は正しく喫茶店。執事が最高の持て成しをしてくれる『執事喫茶』なのである。たかが学生の出し物?いやいや侮るなかれ、凝り性と負けず嫌いが揃ったこのクラスに抜かりはない。

「見てくれはいいけどウチの連中ってアクが強すぎるじゃない。そんな連中が丁寧にサーブして『いらっしゃいませ』って言うのがやたらウケてるわ。」

  所謂ギャップにトキメク、というやつだ。ナミの言葉どおり執事達は見た目は最高によろしい連中ばかりしかしその中身は一癖も二癖もある荒くれ者で捻くれ者が揃っていた。
  ある強面の緑髪はケーキをトレイに乗せて運んでいる。いつもは機械を弄ってばかりのあの赤毛は小さなティースプーンを並べている。普段ならまず想像も出来ない光景だ。

「稼ぎ頭よー。あの仏頂面。」
「最高に不機嫌ですよあの顔…。」
「流石カノジョ。よぉっくお分かりで。」
「あ、ローさん今隠れて舌打ちした。」

  なまえが眺めているその先にいる男、トラファルガー・ローにとってこういうイベント事は遠慮願うの極みを行く。それが何故だかまさかの参加、しかも注目の的になってしまうポジショニング。嫌々ながらのその感情を隠す努力は微妙なところ、何故に黙々とサーブを続けているのかいやはや。なまえにとって皆目検討つかなかった。
  嫌々な顔付きは前々からしていた、しかし『腹は括っている。』とのっそり声で言っていたのを思い出す。

「トラ男君が参加するって噂蒔いたら客がオカシイぐらい集まっちゃったのよ。半分くらいは彼目当てね。」
「そ、そうなんですか…。」

  聞き直すまでもない、お客の瞳から飛びてる視線はどこもかしもハートマークでこさえらたようだ。時々動く彼女達の唇は『素敵』『カッコイイ』『恋人いるのかな』『エスコートしてもらいたい』エトセトラ。

「不遜でミステリアスな男と火遊びしてみたいっていうヤツかしら?」
「まぁ、ローさんは、とっても魅力的です、けど。」
「こっそり手紙渡そうとしてる子もいてねぇ。罪作りな男よまったく。」
「う。」
「…なまえ、あんたもトラ男君みたいな皺出来てるわよ。眉間に皺寄ってる。」
「もうっ。ワザとですよねナミさん!」

  さっきからニコニコ顔のナミは腹に一物ある物語っている。気心知れた相手にしか出来ないようにぷうと頬を膨らませてなまえは文句をだだ漏れにしてしまうのだった。

「女の子のヤキモチって可愛いじゃない、ふふっ。別に意地悪じゃないわよ。そうねぇ…トラ男君の言葉を借りるなら『ここまでしないと中々自己主張してくれない』ってやつ?」
「私そんな良い子じゃないですもーん…ローさん独り占めしたいわがまま心が爆発しそうなんですよーだ…。」
「ほっぺたタコみたい。」
「ナミさんと、それと、ローさんの所為です。」
「なら治して差し上げますわ?」

  役者の台詞の様にワザとらしく畏まってナミはなまえの膨れっ面に手を伸ばす、のであったが。

「おれ以外が触るな。」
「あら、気づいたの?なまえが来たって?」
「最初から知ってる。…待たせてるんじゃねェよ。」

  そしてナミともなまえとも言えぬ第三者の声が二人の隙間を通っていく、声でナミの動きを止めて足音でなまえを振り向かせていたのだった。そちらを向けば不機嫌の仏頂面、顔から下は完璧な『執事』なのにその表情はまるで『海賊』か『闇医者』のそれである。

「ローさん!…えーその、お疲れ様です。」
「言うべきはその台詞か?」

  何というか執事にしてはギスギスした物言いだ、ナミまで苦笑しているがこれを止められる人間はどこにも居ないだろう。

「…とんだ罰ゲームだ…。」

  おまえ以外にこんな事をやらされるなんて、となまえだけに聞こえる様に忸怩たる声音を漏らしている癖に犯罪者顔負けの声音だ。見た目がいい分凄味もあるから尚タチが悪い。
  足早になまえの隣まで歩き、そうしていればなまえの膨れっ面はあっという間に萎んでいた。にも関わらず両頬はむにっと大きな両手で包まれる。

「来るのが遅ェ。」
「ふぁい。」

  両方押さえられているのと、お互いの距離が近すぎるのと周りのお客の好奇の目に晒されているのと…あぁもう全部か。湯気が頭の上から立ち昇ってきそうな感覚になまえは目を白黒させて妙ちきりんな返事をしてしまうのだった。

「おれはずっと待ってたぞ。」
「あい。」
「だのに中々来やがらねェときた。」
「ひゃい。」

  髪を後ろに撫で付けた見目麗しい男で視界は埋めつくされている。体温が上がりぱなしで心臓がそろそろぱつん!と破裂しそうなほど脈打っている。
  ローさんが目の前に、執事で燕尾服で、いつもと雰囲気違う、びっくりするくらい、カッコイイローさんが目の前に、いる!
  そんな台詞が鼓動が音立てる毎にポコポコ湧いてくる、先程までヤキモチを焼いていた筈であるのに単純かな、すっかりそれは抜け落ちてしまう。

「嫉妬したか?」
「…。」
「なまえ。」
「…しました。けど、ローさんがカッコイイからもうどうでもよくなりました。」
「…。」
「…ローさん?」
「ばか正直。」
「うぇっ?」

  妙にくすぐったい、小声は柔らかいもので出来ていた。ローさんがちょっと喜んでる?となまえが気づいて声に出そうとする前に、それを妨害してしまおうと燕尾服の執事はヒョイと目の前のばか正直で顔を真っ赤にした可愛い可愛い『カノジョ』を抱え上げてしまうのだった。所謂『お姫様抱っこ』で。もちろんなまえの思考回路は火花が散って動作不良を起こしていた。

「今から執事じゃなくて王子様に職を変えるの?」
「約束は果たしたぞナミ屋。」
「わかってるわ。」

  ナミの問いかけに応える気は微塵もないらしい。まあいいか、儲けさせてもらったし。とからから微笑ったオレンジ色はポケットから小さな封筒を取り出すのであった。

「なまえ、はい。」
「はい。…はい?」
「あげる。トラ男君といってらっしゃい。」
「…はい?」
「行くぞ。」
「えぇえ?お、降ろして、」
「断る。」

  それ、しっかり持ってろ。とそれだけ言うと執事は執事らしくなく大股で走り出してしまうのだった。注目の的を振り切るようにグングンと、風切ってセットした髪型は次第にいつも通りに戻っていく。
  ちょっぴり勿体無いなぁ、と思ってしまったのはなまえだけの秘密だ。
  グングンと廊下を過ぎていき後ろの方から「ロー君行っちゃった」「あの子誰?」「王子様?あれがそんなタマか。」と有象無象のごとく声が響き渡っていた。階段を下っても注目のままけれども足早なそれで誰も声を掛けてくる者はいなかった。ただ秋風ばかりがピュウピュウと耳元で鳴る。

「この辺でいいか。」
「…あの、これ、何でしょうか…。」

  人目を振り切った校舎の隅で、ローはようやっと足を止める。そうして暫ししてからなまえも落ち着きを取り戻しぴらりと封筒をローにかざすように持ち上げていた。未だ抱き上げられたまま、降ろされる気配が全く無いので半ば諦めているらしい。

「駅前のケーキバイキング。」
「…あぁ、あの人気店…。」
「そこの招待券。」
「ナミさん、持ってるって言ってましたね、そういえば…」
「おまえ行きたがってたろう。」
「はい。…って、まさか。」
「これがナミ屋との取引だ。」

  おとなしく参加したらくれてやると言い放ったオレンジ色を思い出して溜息ひとつ。嫌だと突っぱねたこのイベント事であったが差し出された取引と『なまえとのひと時』を天秤に掛けた男は首を縦に振ったのだ。終わりまでいなくていい、儲けが出たらすぐ開放する、と言われたのだからオレンジ色の口車に乗るのも悪くないだろう、今回だけは。
  そしてローはなまえを抱え直すと『おまえにそれやる。』と囁くのだった。

「わ、わたしの、為に、執事してたんですか…?」
「あぁ。」
「あんなに嫌だっていってましたのに。」
「言った。」
「なのに私勝手にヤキモチ焼いてしまって、ごめんなさいぃ、」
「…泣くなばか。」
「ごめんなさいぃ。」
「謝るな、それ言うくらいなら褒めろ。」
「…は、はい!」
「よし。」

  今から行くんだ、泣きっ面だとまた注目さちまうぞ。とにやりと微笑った執事はやがてジャケットを脱いで『カレシ』に戻り『カノジョ』と手を絡めて歩いて行くのであった。


End


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