Gift | ナノ

鰐に水
※相互記念ありがとうございました。



「失礼します…。」
「………。」

グラスの乗ったトレイを片手で支え、もう片手で扉を閉める。それから身体の向きを変えれば大きく揺らいだグラスに、なまえは慌ててトレイを両手で持ち直した。
部屋の中央に置かれた大きなソファでは、足を広げて寛いでいる男が居る。様子を伺うようにちらりと視線を向けて、しかしこちらになど見向きもしていなかった男にほっと胸を撫で下ろすのだった。

今日こそは、このトレイをひっくり返すわけにはいかないのである。緊張で震えてはいるが、両手でしっかりと持たれたそれはこれ以上揺らぎようが無かった。
抜き足で慎重に進めば、数歩歩いたところで、鉤の片手で器用にも頬杖を着いた男がこちらを一瞥する。その、一瞬嫌そうに顔を顰めたクロコダイルに、しかしなまえは達成感に満ち溢れた表情で応えるのだった。

「サー…!お水…!!」

「持ってきたよ!」と、「三度目の正直だよ!」と、冷水のたっぷりと注がれたグラスを片手で持つ。氷がからころと涼しげな音を奏でれば、男は前屈みになっていた姿勢を後ろに倒すため、頬杖を解いた。

―――その一瞬だったのだ。

「てめェ…。……三度目の正直、な…。」
「あっ…!ご、ごめ…っ、」

男の鉤が、服の袖に引っ掛かってしまったのである。
頭から見事に冷水を被った男がそれを滴らせながら鋭い眼差しで見上げてくる。それになまえは顔面蒼白になって、暫しの間身動きが取れない。ぽたぽたと、自分の腹部からも滴る水が床に染みを作っていた。

「…どうしてくれる。」
「あ、た、タオルを…!今…!」

重たく溜息を吐いた男が投げ遣りに机を叩く。その先に視線を落とせば何やら大事そうな書類が水分を含んで文字を滲ませていた。前回の二度目までは無言で許しを与えてくれていた男も、今日という今日は苛立ちを抑えきれない様子である。(怖い!殺される…!)と、咄嗟の自衛本能で、なまえ は“もしも”用に用意しておいた可愛らしい柄の布巾を手に取ったのだった。

「いい。やめろ。」

頭が混乱しているのか、濡れて破れやすくなっている書類をあろうことか布巾で拭おうとしている。そんななまえの手首を掴んでみせた男は、次に濡れた己の髪を掻き上げて、口元に意味深な笑みを浮かべた。砂の能力者であるこの男、水には滅法弱いはずがその声にはひどく怒気が含まれている。なまえの手首を掴む力も、なまえが一瞬顔を歪めるほど力の込められたものであった。

「で、でも…!」
「もう何もするな。黙ってそこに居ろ。」
「は、はい……。」

納得のいかない表情のなまえに、男が顎で座るように命じたのはこちらから真っ直ぐに位置する窓際の小さな丸椅子である。とぼとぼと歩く後ろ姿、それからちょこんと腰掛けたなまえは心底悲しそうな表情だ。度重なる失態でそうなるのも無理はない。
しかし、なまえが思っているほどこの男、苛立ってなどいないのであった。

「…いい眺めだ。」
「…??」

男が小馬鹿な笑いを浮かべながら目をやった先は、無論丸椅子に腰掛けるなまえである。申し訳無さそうに眉を寄せたその表情と、申し訳程度に濡れた服が視覚的に堪らない。そんなところだ。

満足そうにこちらを見ながらそう呟いた男に、なまえは首を傾げながら窓の外を振り返る。

「何か、見えるの…?」
「ああ。」

建物の高層に位置するこの部屋。どんなに頑張っても男の距離からでは澄んだ青空しか見えないだろうに、眸を細めたクロコダイルはどこか上機嫌だ。

そんな何も分かってない女を、男はこれから数時間“観賞”して愉しむことになるのだが。それだけでは我慢ならなくなってしまうのは、水に濡れたなまえの服が嗅ぎ慣れた酒の匂いに塗れる頃である。


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