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誕生日だった白猟
誕生おめでとう。でした。


  例えばこんな日に限って馬鹿が騒動を起こしたり、例えばその所為で報告書が大量に舞い込んで来たり、例えばその忙しさの最中件の馬鹿の仲間が騒動を起こしたりする。
  そんな日もある。よりによってこの日じゃ無くてもいいのにと思ったのはこの春から駐屯に配属になった新兵であった。
  後に語る、屈強な男がパステルブルーで着飾ったワゴンをひっくり返した辺りでただでさえイラついていた空気が殊更に上司の機嫌が急降下していった、と。

「今帰った…」
「おかえり。…おはよう、スモーカー。」
「…おはよう。」

  東側の空、その白みもすっかり消え去ってしまった頃にようようこの男は我が家に帰還出来たのだった。葉巻を咥えたままどかっとソファに腰を落とし、それから灰皿に短くなってしまった葉巻火元を押し付けていたのだった。
  ソファのお供をしているのは、矢鱈と可愛らしいパステルブルーの紙袋である。

「お疲れ様でした。…夜中まで大声聞こえてたよ。」
「散々逃げ廻ってたからな…」
「皆さんお怪我は?」
「無い。」
「よかった…。はい、コーヒーどうぞ。」
「悪いな…」

  阿吽の呼吸で用意されたマグカップにはほんの少しばかりシロップを垂らしたコーヒーが入っていた。一口だけ飲んでローテーブルに置き葉巻ケースをもて遊びながら待たせちまった、そうポツリと呟くのだった。

「隈、付いてるぞ。」
「あ。」
「寝ずにいたのか…?」

  責めている訳では無いと、弛めた視線でなまえの目元を見つめてやるのだった。彼女は微苦笑を浮かべると心配だったの、と呟いてそれから記念日だし待ってたかったの。ともう一度声を出すのだった。

「おめでとうってたくさん言いたかったのもあるし。」
「朝に散々言ってたじゃあねェか。」
「…だいすきな人には幾ら言っても言い足りないの。」
「そうか。」

  昨日の朝、目覚めて始めての言葉はなまえの柔らかな気持ちが篭ったものだった。お誕生日おめでとう、と囁く様に耳元で告げられ今でもその名残は鼓膜の縁に残っている。
  昨日もディナーを用意すると言っていたのも勿論覚えている。日付が変わる前に戻れなかった事を悔いていたがなまえは少しばかりいたずらっ子の様に微笑んで昨日の分言っとくね、と男の隣に座るのだった。

「お誕生日おめでとうございました。…なんちゃって。」
「…ありがとよ。」
「昨日作った分、スープとメインは冷蔵庫に取っとけたからまた後で食べよっか?」
「あぁ…。…おれはシャワーでも浴びてくる…」
「はあい。出たら寝ちゃう?」
「そうする…」

  隣合いトントンと話を進めていって、最後に肩のまだ下にあるなまえの頭を撫でるのだった。私と出会ってくれて本当にありがとう。とまだ足りないという様に男の顔を覗き込んでから再度言葉をおくる。

「おまえの時は覚悟しておけよ。」
「ふふっ、はあい。」
「だがその前に。」

  それだけを言って男は反対側に置かれたパステルブルーを引っ掴み、彼女の掌に乗せる。ここのがオススメですよと、空耳よろしく聞こえた部下の声を思い返しながら声を出すのだった。
  先月のチョコレートでは、中々にいい思いをさせてもらった。

「先月の。」
「わ。ありがとう。開けてもいい?」
「もうそれはおまえのモンだ。」

  いそいそとなまえが取り出したのは掌に乗る程のボトルだ。中には明るい、カラフルな飴玉が詰め込まれて宝石の様に輝いていた。贈り返す甘味に意味があると随分昔に同僚から話半分でも聞かされていてよかったと男もまたラズベリーカラーを一瞥する。そして嬉しそうに眺めて、ありがとう。と再度呟く彼女の姿に口角を上げた男は遂に腰を上げたのだった。

「スモーカーには貰ってばっかりだね。」
「それこそお互い様だ。」
「うん。」
「なまえ、」

  隣合ったなまえの肩に腕を回して、覆い被さる勢いのまま男は何か言いたげな唇を塞いでしまうのだった。最近視界に入れてばかりだった飴玉達なんて比べ物にならない程あまくて柔らかいなまえのふっくらとした唇を何度も食んで、そうっと体を離す。

「…風呂行ってくる。」
「…はあい。…、あ、その。着替え持ってくからね。」
「頼む…それとおれが出たら付き合え、なまえ。」

  おまえも寝不足だろう。と共寝の口実を手に入れた男は振り向く事無く浴室に入ってしまったのだった。潤んだ瞳と紅潮した頬を眺め過ぎていては眠気が吹っ飛んでしまう。

「…さて、これをどこに隠しておくか…」

  脱衣所でぽつりと言葉を落としてやるのは、小さなケースであった。食べて無くなってしまう物に己の想いは入り切らず、飴玉によく似た輝きに有り余った感情を込めたのだった。まだ有り余っているが、まあこれは直接なまえにおくるとして。

「…眠った後だな…」

  彼女の手の届かない棚の上にそっと乗せて、釦に手を掛けた男は独り言を呟くのだった。
  驚くだろうか、喜ぶだろうか、そればかりを考えていれば男の眠気は何時の間にか逃げ出してしまっていたのだった。

「…枕の下に隠しておこっかな…?」

  さて、その頃。なまえが上品な包みで覆われた小箱をもって小首をかしげているのだが。この時男はまだ何も知らずにシャワーの蛇口を捻るのだった。
 


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