※外科医がお相手だよ!
※Twitterにてパトス爆発しなYOっていわれたよ!
月夜影が両の足に掛かるころ。直からぬ心を胸に秘めて、男がひとり霜這う地面をひたひたと歩いていたのであった。
この男、とある公家に名を連ねるものでありながら雅事に興味を示さず…薬師を邸に呼びたてて教えを乞うて、何時の間にやら薬師顔負けの然任となっていた。
「六根をまことご存知なのはかの君だけ…」
瞳の下に大きな隈を貼り付かせていても、そっけない態度ばかりとっていても確かな腕と見目麗しい風貌で引く手数多、袖に投げ込まれる文は数え切れず…言い寄る女性は星の数程いるのであった。
「あァ寒い…」
吐き出す息は白を纏い、中空へと消えてゆく。寒い寒いと文句を吐いても、仕事の合間をぬってでも訪れたいひと所があるのだった。
千里の道も遠しとせず、いそいそと急く男。おもうのはただ慕わしい、可愛い女の事のみ…都の外れに邸を構える彼女のもとへ。
忍び歩いて辿り着いた邸に手馴れた調子で入り、奥まった帳へと真っ直ぐに進む。
今宵は運がいい、女房共にも遭わず月も隠れた。
「…おい。」
「…ぁ…」
紅梅の薫りが漂う室は、主人の心持ちに似た淡い彩りであった。もうすぐに庭の梅が目を覚まします…。控えめな文を贈った女は、どうしてか襲の色を動かしてはその袖にて小さな顔を隠してしまうのだった。
男が僅かに瞳へ写す事が出来たのは袖の端から覗く赤い耳朶だけである。
「…こっちを向け。なァ…?」
縮こまるその姿も見ていて飽き無いが矢張り、こうしてしのんで訪れたのだから夢にまで現れる女の顔を見つめたいのだ。袖を引っ張ってみるものの、けれどもどうにも恥ずかしがって女はぷるぷると微かに首を振るばかりであった。
「可笑しなおんなだ。逢いたいと、可愛い文を贈ってくれたのはおまえの方だろう…?なまえ、なまえ…衣の色より、おまえの染まった頬が見たい。」
「…っ、」
そう、真っ直ぐな声をおくられてしまえば女はますます熱をたかぶらせてしまう。言の葉にもならぬ声をとつおいつ呟くそのあえかな姿に男はふつ、と微笑って低い声を奏でていく。
「ーー玉かつま 逢わんというは誰なるか 逢えるときさえ 面隠しするーー。」
折角遭ったこのひと時に顔を隠すおまえの気がしれない。と口を歪ませて男は顔を隠した女を引き寄せて腕の中に仕舞い込んでしまったんであった。
蜜の様なこの束の間、狂おしいばかりのよろこびの夜。その一つ一つが磨き上げられた玉石より美しくとうといものである筈だというのに。と熟れた女の耳元で男は一途と、爪ひとかけら分のいらだちを囁くのだった。
「あ、の…吾が背さま…」
女の態度は…決して男の気を引く、場なれたわざでは無いのだった。男の温もりにすっかり参って、ただ、もう、恥ずかしくって顔をかくしたい気持ちに押し負けてしまっていた。
勿論、自らの心の底ではわかっている。逢いたくって逢いたくってあんなに焦がれていたのに、どうして私の体はいう事を聞いてくれないの。
心をやっと言葉に出来るようになって、女はささやき歌い始めたのであった。
「ーー相見ては 面隠さるるものからに 継ぎて見まくの欲しききみかもーー。」
自らの心がふしぎでならないのだ。熱をたかめるあなたのおもいは本物であるのに、どうしても照れてしまうのだ。そしてきっと男が帰ってしまった時はすぐにその姿を探してしまうというのに。
「ほんとうの気持ちは、決まっているのです…」
「…あァ、知っている。」
かそけくもあたたかい女を男はとうとうきつく抱き締めて、月の光から逃げる様に奥へ奥へと連れ立ってしまったのであった。
「ーー上つ毛野…」
己の腕を枕代わりにして眠る女に囁くのは、すっかりと心が寄り添いあった後であった。愛するという言葉を幾つおくっても満足なんて出来やしない、並みのものではとてもとても表しきれないのだと女の額に己のそれをひた、とつけ。男は傾く月に背を向けたのであった。