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ぼったくりバー店主の金曜日
幻想的なシャボンの中、木々の隙間に立つバーには緩やかな時間が流れていた。水が流れて行く音と食器同士がぶつかる音、そしてて蛇口を捻る音。そうしてからなまえは最後にエプロンで濡れた手を拭いたのであった。

「シャッキーさん、洗い物終わりましたよ。」
「あらありがとね。それじゃ紅茶でも入れましょ、いい茶葉貰ったのよ。」

あなたの恋人からね、とシャクヤクこと『ぼったくりバー』の店主、シャッキーはうふふと楽しそうに笑った。きょとんとしたのはぼったくりバーにてお手伝いをしていたなまえだ。

「レイリーに?」
「自分が居ない間なまえを頼む、だそうよ。大層な依頼だけど本日の報酬はこれだけ。」

かこかこ、と片手で掴める程の紙箱をシャッキーはなまえが見える様に振ってみせた。何時の間に、と彼女は歳上の恋人を思い返すが生憎件の男はコーティングの仕事へ出向いている。

「…これ中にダイヤのネックレスでも入ってるのかしらね?」
「あは、そうだったら大変ですね。」

ここは治安がいいとは言えないからイイコで待っているんだよ。いいね?わたしの可愛いお嬢さん。これが最近のなまえの恋人の口癖だった。
因みにシャッキーはこの口癖を聞く度、この男も随分丸くなったものだと感慨深くなると同時に、あなたが一番なまえちゃんにとって危険なんじゃない?と物申したくもなる。

「大袈裟なんだからレイリー…」

なまえは苦笑いするが、嫌だとは露ほども思えない。寧ろその過保護ともいえる恋人の言葉が嬉しいのだ。

(レイリーについ甘えちゃう…私、困った子だよなぁ…)

『そんな細腕で大荷物を持たせるわけにはいかんなァ?』
『ほら、こちら側を歩くといい。…シャボンでぬかるんでいないから。』
『過保護?当たり前のことをしているだけだ…むくれてもダメだぞなまえ。いや、それよりそんな愛らしい目で見つめないでくれ、ジジイを昼間っからその気にさせたいのかな?』

親子程の年の差どころかそれ以上に離れた恋人、甘やかすのが盛大に上手い男である。思い出すせば思い出す分だけ顕著に男の歳上の余裕が浮き彫りになるのだった。なまえはこんな時、もっと早く生まれたかったなぁと思うとのだった。

「で、なまえちゃんの大袈裟な恋人さんは今日中には帰ってくるんでしょ?」
「はい。」

『夜には帰る。迎えに行くから待ってるんだよ』と言っていたので共にこのバーから自宅に帰れるだろう。帰りの道すがら夕飯の材料でも一緒に買いに寄れたらいいな、となまえは少しでも男を労えたらいいと、そんなことを考えていた。

「あ、そうだ。シャッキーさん、シャッキーさん。」

シャッキーは時になまえが成人した女という事を忘れそうになる。こうして年の割りに幼げに感じてしまうのは彼女がこの世界についてまだまだ『勉強中』だからだろうか。
かなり不安定な立ち位置の娘なのだから、かもしれない。もしかしたらあの男が過保護なのはここに起因しているやもしれなかった。

「ハァイ、何かしら?」

心底穏やかで幼げな眼差しに本当にあの人とは真逆の性格よねぇ、とシャッキーはしみじみと思う。純粋に慕ってくれるなまえの声に答えればあの、と彼女は小首を傾げていた。

「今日の夕ご飯何にしようかな、と思いまして…うちの冷蔵庫にゴボウがあるんですけど何かいいレシピご存じでしょっか?」

レイリー、味付け濃いのが好きだし煮物は昨日しちゃったので…とささやかでも懸命に恋人へ尽くそうとする姿にシャッキーは目を細めた。

(恋する乙女ってやつね。)

なまえの柔らかい表情はまさしく我が世の春を謳歌している、といって差し障りない。飛び抜けて美しいのではないけれど、そんな甘やかな眼差しでそっと微笑む少女の様な女は魅力を充分に湛えているのだ。
そんな彼女に心惹かれるのは道理、なのだろう。
シャッキーはその香り立つかんばせに、何匹か虫が寄ろうとしているのを知っていた。いた、とはつまり過去形である。その理由は…推し量るべし。

(老いても『冥王』ってワケ。)

なまえの知り得ない場所でも年下の恋人の為にせっせと根回しやら牽制やらに努める男に笑いがこみ上げてきてシャッキーはくつり、と一つ笑った。あの男は余裕があるように見せているだけ、惚れた女にカッコイイところを見せたい、ただのおとこ。

『咲いて色付いたばかりの花の、その香しい蜜を掬っていいのはね…わたしだけなのだよ。』

確かこの前は賞金稼ぎの坊や…その前は若いパン屋だった。相手に吐き捨てた、冥王の静かなる激情がシャッキーの脳裏に蘇る。ホントこの子は罪作りね、と目の前のなまえに飛び切りの微笑みを投げかけた。

「そうねぇ、」

なまえちゃんの作るものだったら、何だって喜んで食べるでしょうね。考えてもご覧なさいな、あんな男がここまで骨抜きになってるんだから。
シャッキーはその言葉を音にしようと形の整った唇からすう、と息を吸ったのであった。


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