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花を贈る赤犬
本部から自宅へ向かう道程、目に飛びこんで来た優しくも鮮やかないろ。こじんまりとした花屋だったが、種類だけは矢鱈ある。ほのかな薫りが鼻を擽った。
男はただじいっと眼光鋭いまま花を見つめて『ひどく似ているではないか』と口角を歪ませた。愛しい女のかんばせが、柔らかな香りが、染まった白い肌が。
女の姿かたちが花弁のひとひらに映り、鮮やかに愛しい微笑みが蘇ってしまう。

「おい、」

物々しい海軍のコートを羽織った、珍客の登場に店員はたたらを踏んだという。



「帰ったぞ。」

自宅の扉を開けば、当然の様に軽い足音をさせてーー小走り気味にだ。そうやって毎日出迎える恋人の姿が、今日は無かった。幾らか訝しむ長身の男は「なまえおらんのか。」と声を張る。その声の後一拍してから、ぱたぱたと慌ただしい音が聞こえてきたので男はひとごこち付いたのだった。

「お帰りなさいサカズキ。…お待たせしました。」

申し訳なさそうに眉をハの字にして表れた女は男を見上げて、それから嬉しげに目尻を下げる。そして男が、サカズキが手にした物にも目をやって微かに瞠目してみせた。

「きれいな花束だね。如何したの?」

まだまだ短い付き合いだけれどもサカズキが花を持っているところなどなまえは初めて目にした。いや、胸にコサージュは差しているけれども。何故か不自然とは思わないが、この男が花を携えているのはなまえにとって珍しい光景であった。

「帰りに買うた…なまえ、寝癖が付いちょるぞ。」
「あっ、やだ、直したつもりだったのに…。」

節くれ立った指で髪を掬われてなまえの頬に紅が指す。サカズキはこの、なまえが時折見せるいとけない姿が好ましくて仕方ないのであった。

「今まで休んどったんか?」
「…うん、少しだけ。お出迎え遅れちゃってごめんね。」
「構わん、」

昨夜も随分と無理をさせてしまった。それこそなまえが動けなくなってしまう程だ。いい歳の男が何をしているのかと自嘲こそすれど彼女を責める気など微塵も起きない。

「なまえが寝不足なんはわしの所為じゃ。」
「…っ!」

顔を赤らめる、だいぶんと小柄な姿を見下ろし「ほれ、やる。」とサカズキはなまえに花束を手渡した。花束は己よりも一回り近く小振りな彼女でも難なく持てる大きさで、優しく持つ女はしかし、少々困惑していた。

「…私に?」
「他に誰がおるんじゃ。」
「今日は何かの記念日、だったかな…と。」
「何もない。」

そう言い合いながら二人は部屋へと歩を進めていた。サカズキの少し後をなまえが。ーー足の長さだけでは無いそれに誰も口出しはしない。
その間なまえは目をぱちくりとさせていた。

「…そんなに意外か…」

憮然としたサカズキを珍しいものを見るようになまえはぱちぱちと瞬きをして仰ぎ見る。そしてややあってくすりと小さな笑い声を上げてしまった。

「ううん。行事でしか花束貰ったことないから、初めてでちょっとだけびっくりしたの。」
「ほォか、初めて、か。」
「うん。…すごく嬉しい。ありがとう…。」

頬に紅をさした様にいろ付いたなまえがふわ、と笑う。サカズキは「花屋の、花の影に見た幻はこの微睡みに似たかんばせだったか」と心が凪ぐ。

「ほんとうに、綺麗。」

なまえがそうっと花束に顔を寄せて、その香りを確かめている。うっとりと瞳を細め、自分の為に贈ってくれたサカズキに想いを馳せて頬を赤らめて、堪らないほど慈しみを孕んでいた。
花を持つ男が珍しい、とは思ったが似合わないとは思えない理由をふと、感じ取る。

「サカズキの花みたい…」

男の肩に咲く見事な花を口にしたなまえは花束を崩さない様に、歪ませない様にやおら動いて花弁に唇を落とした。ふっくらとしたなまえのそれがやわやわと、動く。
まるでその、サカズキに咲く花に贈るような口付けは匂い立つ、二人だけの蜜の時間に似ていて。

「なまえ。」

自然と熱くなる声は、仕方がないだろう。無意識でも誘ったのはこの、花のかんばせの女の方だ。

「花なら、なまえにも咲かせてやる。…こっちへ来い。」

年甲斐もなく指先まで火が灯ってしまった男は、女が断れないのを知っている。


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