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クザンさんちの午後6時

「あ、お父さん帰ってきた!お母さんはやくはやくっ!お父さーんっおかえりなさーい!」

   海軍本部の居住区の中にある大将青雉の家に舌足らずな幼い声と軽い足音が響いた。
    我が子はキッチンで夕食の準備の手伝いをしていたのだか、夫の足音でも聞き分けたのだろう。玄関に走って行った。あの子のお父さんレーダーは凄いものがある、となまえは緩む顔を抑えずに自らも玄関まで愛しい夫を迎えに行った。

「わっ、クザンどうしちゃったの?」
「わかんなーい。」
「うちの子が可愛いすぎて爆発しそー…。」

   我が子より少し遅れて来たなまえが見たのはその場でしゃがみ、長身を縮こませて両手で顔を覆う夫の姿だった。ご丁寧にドアは開けっ放しである。
   発せられる言葉からして、何処ぞ悪くした訳ではなさそうだ。

「そうだね、私達の子が一番だね。…クザンお帰りなさい、そろそろ立たなきゃ。」

   なまえはクザンと同じ高さまで腰を落として彼の髪を撫でた。子どもがお父さん大好きっ子なら父もまた父なのだなと微笑ましくなって、くすりくすりと声を上げてしまった。

「っあー…うん、ただいま。 なまえ。奥さんに会えないから今日もやる気出なかったわ。」
「はいはい、」

   甘える様に腕をなまえに絡ませて抱き寄せるクザンが矢鱈可愛い。厚い胸板に閉じ込められて、 なまえはときりと心臓が高鳴った。何年立っても夫にはどきどきさせられてばかりだ。

「なかまはずれヤダー!わたしもーぎゅーっ。」

   娘が二人の間に入りたいのか引っ付いてくる。父にへばりつきにこにこと実に上機嫌だ。クザンの息が一瞬止まったのがわかりなまえはあらあら、と今度は微苦笑した。

「…嫁になんて出さない…絶対出さない…」
「…もう…ほらほら、クザン。ご飯にしちゃいましょう。」
「うん。メシ楽しみ。…行こうかね。」
「はぁいっ!」




   なまえが食器を片付け、食後のコーヒーを持ってリビングに戻ってくれば、あれ程はしゃいでいた我が子は海軍大将を枕にスヤスヤと寝息を立てていた。

「贅沢な枕を使ってるのね、この子ったら。…相手してくれてありがとう。」
「おれの娘だから、お母さんばかりに任せるのは可笑しい話でしょうよ。」
「…お仕事だったのに。助かるけど、無理しないでね?お疲れ様でした…はいコーヒー、ブラックね。」
「あんがと…今日はデスクワークだけだったからヘーキ。」

   ずず、と興味無さげにコーヒーを啜るクザンに なまえはそろそろ新しい『大将デスクワークしろ』作戦が展開されるかも、と出て来そうになる苦笑をコーヒーで流し込んだ。…こんなに夫婦の会話が繰り広げられていても、子どもは夢の世界から出てこない
   この図太さはどちらに似たのやら。

「…かわいいなぁ…。」

   噛みしめる様にクザンが我が子を抱き直す。彼の娘は愛してやまない妻に瓜二つで『お父さんが一番大好き!』なんて言われた日なぞ辺りの海全部凍らせて回りたくなるぐらい浮かれてしまった。
   それに中々授かることが出来なかったのも間違いなくこの溺愛の要因の一つだろう。

『ごめんね…』

   責任を感じて泣くなまえは見るに耐え無かった。「子無きは…」など古株連中が裏であれこれと邪推していたのも聞いていた。余談であるが「去れ」の言葉が出た瞬間、右手が冷気を放とうとしたのを止めてくれたのはガープである。…クザンはいつまで立ってもあの人には足を向けて寝れない。

「クザン、クザン?」

   なまえが肩を突ついて漸くクザンは我に返る。

「相談があるのだけど、いい?」
「んー…?なーによ。…あ、分かった、二人目欲しいってこの子に言われた?」

  半ば冗談のつもりで言ったクザンだったが、なまえを見ればその目をこれでもかとばかりに見開いていた。ピクリとも動かず夫を見上げている。

「…え、どーいうこと、その顔、え、まさか、ウソ、ゴメン。失言だった。」

   蘇るのは数々のいまいましい言葉達。妻を傷付けたと、済まない悪い、を壊れた機械宜しく繰り返す夫になまえはそうじゃないの、と今度はふわりと笑ってみせた。

「…ま、さか。」
「今日、産婦人科行ったの。ほらこの子の時と同じとこ。」

   クザンは以前、この笑顔を見たことがある。なまえは夫の手を両手でそっと掴み、自分の下腹に置いてやる。

「もう、ここにいるのよ。お父さん。」

  ごめんなさい、誤解させちゃったね、とくふくふと柔らかい笑みを浮かべた妻はやはり、美しかった。

「生んでくれンの…?」
「うん、大切なクザンとの子どもだもの。」
「あり、がとう。なまえ…ありがとう、愛してる。」

   震える声のクザンは泣きはしないけれど、それでも今にも泣きそうな声音はしていた。暫くすれば今度はじわりじわりと喜びに襲われた表情をする。

「ありがとう、お母さん。…よかったな、お姉ちゃんになれるんだぞ。…ああ、ヤバイな、嬉し過ぎておれまた海凍らして来そーだわ。」
「ふふ…それで怒られちゃったら一緒に謝って、頑張って氷砕かなきゃだね。」
「身重の奥さんに、流石にそれは無いわ。…やらねェよ。」

   眠る我が子に語りかけてから、クザンは優しい妻に、愛しくて堪らないなまえに、硝子細工に触れる様な口付けを落とした。


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