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サーさんちのほのぼの

「母さん。モリーとルーここに来てないか?」

    取れた釦と仲良く睨めっこをしていたなまえの後ろから声が掛かる。控えめな静かな幼い声に椅子に座ったまま器用に振り返るとそこにいたのは可愛い我が子。

「エッラ?」

    髪を掻き上げてはぁ、と息子は溜息をついていた。…ちなみに髪型は父の真似らしい。

「お姉ちゃん達?ここにはいないよ。」
「そうか…。」
「ご用があったの?」
「そんなところだ…母さんは何してたんだ?」

   母の手もとに興味を示した息子は傍まで寄ってじいと見つめると納得したらしくあぁ、と一声だけ漏らした。

「朝にモリーが騒いでたやつだ。」
「そうそう当たり。お気に入りだものね。」

   ごめんなさいお母さん、と申し訳なさそうに服を抱き締めて来たのは双子の片割れであった。…情けないその顔があんまりにも可愛くて微笑んでしまったのは大目にみて欲しい。
   服は糸がほつれてしまっただけだったので「直ぐ直るから大丈夫」と告げると漸く元気になって末っ子と遊び始めていたのだった。

「…そろそろ他のとこ探さないと、」
「『探す』?…あ、もしかして隠れん坊してるのかな?」
「うん。」

   裁縫箱の蓋をぱちんと閉めた母を眺めてから息子は軽く首を縦に振った。この穏やかな母に見た目は似ているのに双子の姉達はとてもお転婆だった。

『エッラ、エルラガルトー。今日の鬼はエッラねっ。』
『わたし達どっちかが鬼だと直ぐに場所わかっちゃうからねー』
『不思議だねぇ。』
『ねぇー。』
『『これがフタゴノシンピってやつ?』』
『…おれが聞きたい』

   にこにこと微笑む姉達をいつも通りで何よりと内心思っていた弟はその隠れん坊の誘いにあっさりと乗っていた。

「お互いの位置がわかっちゃうなんてすごいねー…」
「母さんもそう思うのか?」
「もちろん。誰でも出来る訳じゃないし、とっても素敵な力だよね。」
「…も、」
「んっ…?なあに?」
「おれも…そう、おもう…」
「ふふっ、そっか。」

   耳の端だけが赤くなって、照れて小さく呟く可愛い息子になまえは笑み崩れてしまうのだった。この息子は大層にお姉ちゃんっ子なのだ。

「…よし。釦も出来たし。お母さんもまーぜーて?」

   腰を落としてことりと小首を傾げると息子は声無くともこくこくと首を縦に振るのであった。

   ーーそんな出来事があったとは露知らず。

「ここなら」
「バレないバレない。」
「くははっ。」
「くふっ。」

   狭い空間に二人してぎゅうぎゅうと入り込んで縮こまっているのは弟が探している姉達であった。ふかふかの絨毯が敷かれているのでここは座ってもお尻は寒くも痛くも無い。
   バレない、とは言いつつも実は今か今かと弟が見つけてくれるのを待っている。

「…で、何をしているのかね?お嬢さん方?」

   途端に聞こえる低い声。双子が顔をぴったり同時に上げると相変わらずのしかめっ面が待っていた。

「お父さんっ、」
「お父さんだー。」
「隠れん坊してるの、」
「エッラとね。」
「まだ見つかってないのー。」
「すごいでしょー」
「「エッラには内緒ないしょねっ、」」
「…成る程。」

   いっそ打ち合わせでもしているのかね、と問いただしてやりたくなる様なステレオの声に父親は目を細めていた。

「生憎だが今からここを使うんでな…他を当たっていただきたい。」

   昨夜の更けまで読んでいた分厚い本を娘達にチラつかせるとあからさまに不満そうな顔をされる。

「「えー…」」

   文句を言いつつも、素直に娘達は机の下から出てくるのであった。ここは父親の書斎で双子はその重厚な机の内側に潜んでいたのだ。

「…エルラガルトも大変なことで…」

   息子のまめまめしいところは母親に似たかもしれない。頭の隅でそう考えて父親はゆったりとした椅子に腰掛ける。きしりと小さな音だけさせて優雅に足を組み、頁を捲り始めた。

「わたし達も本読もっか?」
「そうしよっか。」
「お父さんの真似するねー」
「ここで読みたいー」
「エッラが来るまでだから、」
「「だめ?」」

   じぃーと期待に満ちた顔で眺められた父親は諦めた様にパタンと開いたばかりの本を閉じたのであった。

「…好きにしろ…。」
「やったっ!」
「お父さん絵本読んでっ、」

    眉間に皺が寄っていても父親が家族をぞんざいに扱ったことなど一度もないのを双子はしっかりと心得ている。

「…一番下の段の奴にしろ。分厚いのは取るな、わかったな。」
「「はぁい!」」

   机に小難しい専門書をとん、と置いて父親は髪を掻き上げたのだった。
   それがなまえと息子がこの書斎に訪れる四半刻前の出来事である。

「あれ?」
「寝てるし…」

    粗方を探してならばここかも、と訪れた父親の書斎。そのドアを開けば何とも珍しい風景を拝むことができた。

「…おまえらか、随分と遅かったな…」

    それも一瞬。忽ちに目を開けたのは椅子に腰掛け、娘を両膝に乗せた父親であった。寝起きにしか聞かない低く掠れた声になまえはどき、としながらも息子と共に書斎に足を踏み入れる。

「クロコダイルもいたんだね。…起こしちゃった?」
「…元々深く寝ていない。こいつらと違ってな。」
「モリーとルー見つけた。…寝てるけど。」
「熟睡だね。」

   ふとなまえが机に目を向けると開かれていたのは双子達がお気に入りの動物の絵本であった。

「…起きろモレレット、ナイル。隠れん坊の勝者はエルラガルトだ。」
「「んー…」」

   随分と静かな声を掛けながら父親が双子の体を揺すってやると二人して同時に軽く唸り、ショボショボと目を擦っていた。

「あー…ほんとだー。エッラだ。」
「負けちゃったー。くふふっ。」
「おはようルー。」
「あ、わたしにはー?」
「…モリーも。おはよう。」

   起きてすぐであってもご機嫌な双子を父親は膝から降ろすとついた寝癖を直してやっていた。穏やかな手付きになまえもまた心が温かくなり、小さく微笑む。

「今度はエルラガルトに読んでやれ。」

   それから絵本を双子に手渡してやるとはぁい!と元気よく笑い弟の手を引いて絨毯に直に座り込む。

「…おまえはこいつと?」
「うん。鬼を一緒にしてたの。子どもに戻ったみたいで楽しかったよ。」

   くすくすと笑う小柄ななまえと座っている夫の視線の位置は同じであった。目尻を緩めた妻がよく見えてその名前を口にする。

「なまえ、ここに来い。」
「なあに?」

   相変わらず素直に寄り添って来る、警戒心の無いなまえに思わず口角が上がってしまうのを抑え、手を伸ばした。

「クロコダイル?」
「童心に戻るのも結構…それに息子の相手もいいが…おまえの夫はおれだろう…」
「ひゃ、…っん、」

   子ども達が見ているのに、と声を出す前にその口を夫が己の唇で塞いでしまった。触れ合うだけの、子どもがする様な口付けだがその柔らかさに夫は満足そうに目を細める。慌てて瞳を閉じたなまえはぴくんと震えてその手で夫の服を軽く掴んでいた。

「なまえ…。」

   くしゃりと妻の髪の感触を確かめて直ぐに唇を離してやる。しかしあっという間になまえの顔は赤く染まってしまった。 
   口元を押さえてふるふると涙目になっていくなまえは昔から変わらない。…いつまで経っても初心な妻だ。

「クハハ…、」
「〜っ、」

    子ども達を見つめる穏やかな母の一面も充分に好ましいのだが。なまえがおんなの顔になるこの瞬間が最も愛くるしいと、堪えられなくなった口角をとうとう上げておとこは喜色を浮かべるのであった。
    子ども達は父と母のその姿を気付くことは…生憎、今時分は無いだろう。


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