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意地の悪い冥王

   唐突に目が覚めた。夢だったのかとなまえは回らない頭で漸く理解してシーツの中をやおら動く。隣の恋人はまだ寝息を立てていた。

(お父さん…)

   懐かしい夢であった。あれは自分がまだ小学校に上がる前に家族で出掛けた遊園地だ。メリーゴーランドがお気に入りで、夢の中では父が肩車をしてくれ幼いなまえは上機嫌だった。
   色褪せた残像が瞼の裏にぱちぱちとまたたき、消えていく。

(おかあ、さん)

   最後に話したのはレイリーと共にいきます、と電話をした時だ。母の焦った声に申し訳なさがこみ上げたのを思い出して眉を下げる。夢の母は優しげに笑っていた。
   なまえは寝ていたベッドから恋人に気付かれない様にそっと体を起こし足を部屋の外へと向けた。

(水でも飲もうかな…)

   変に目が冴えてしまって、寝付くのに時間が掛かりそうだった。いっその事もう起きておこうと、なまえは静かな部屋を音を立てない様に後にする。…読書でもするべきか。  
    そろりそろりと、微睡みのシーツから抜け出した冷え始めた足はフローリングを慎重に踏み締めていく。

「ふー…」

   キッチンで水をついでなまえはひと心地つく。灯りを点ける気にもなれなくて、月明かりだけの薄ぼんやりとした部屋を通っていく。

「半月って言うんだったかな…。」

   半分しか輝いていない欠けた月は何だかとても中途半端な存在に見えた。そんな月に言い難い哀愁を覚えてしまって、なまえは窓からじい、と空に光る薄金色を飽かず眺めていた。

「月が綺麗だな。」
「っ、レイリー…。もしかして起こしちゃった?」

  気配も無く言葉を発した恋人になまえは肩を跳ね上げた。まさか起きていたとは思わず、彼女は僅かに瞳を開く。

「居ないから、少々焦ってしまった。…夜はまだ明けていない、なまえが月に連れ去られて仕舞わない内にもう一眠りしてしまおうか。」
「私、かぐや姫じゃないよ?」
「そうだな、なよ竹よりも余程魅力的なお嬢さんだ。」

  かつて彼方で読んだ絵本を思い出し、レイリーは少しとおどけてみせた。なまえはくすり、と笑ったが「もう少しだけ居たいの。」と切なげに声にする。

「寝付けなくって。」
「恐い夢でも見たのかな。」
「恐い…とは少し違、わなくも、ないかも…。」
「話してご覧。悪夢は人に話すといいと聞くぞ?」

  積み重ねた年月が刻まれた男の両手がなまえの頭を、そうっと壊れ物を包む様に充てがわれた。髪を梳かれ、もう片方の手で頬を優しく撫でられた。なまえは慈しむ様に触れてくるレイリーの手に堪らなく安心してしまう。守る、と声にしなくともレイリーが言ってくれている様で彼女は自ら男の手に縋り付いた。
  そしてなまえは一つ息を吸う。

「…家族の夢を見たの…、お父さんもお母さんも小さな私も…皆楽しそうだったよ…」
「それが、なまえには恐かった、と。」
「うん。久しぶりに家族の夢を見て…ただ笑い合っている風景なのに、それが恐い…」

  一方的に別れを告げて、二度と会わない事を勝手に話してしまった娘を両親はなんて思っているのだろうか。
   怒ったか、呆れたか。答えは今となってはわからない。

「何だか、叱られた様な気分なの。『お前はこんなに大事にしてくれた両親を見離したんだぞ』って…私が自分で見た夢って言ってしまえばそれだけ、なんだけど…」

   不自然なまでに淡々と話すなまえにレイリーは沈黙を貫いていた。ただ真っ直ぐになまえの瞳を真摯に見つめて離そうとはしなかった。

「レイリーと此方へ来た事、後悔してないよ。…でも時々、本当に時々会いたくなってしまうの。お父さんならこんな時どうするのかなって…お母さんに愚痴ってみたいなって…。ご、ごめん、なさっ…」

  淡々と話すことで感情を抑え込んでいたけれども、遂に堪えられなくなってなまえから嗚咽が漏れる。溢れ出た涙はいく筋も彼女の頬に線を描いて下へと落ちていった。

「弱くって、ごめん、なさい…泣いてばかりで迷惑かけて…手間を、取らせてっ…。うじうじ、して…」
「なまえ…、」
「直ぐ、泣き止むから、止めるからっ。レイ、リー…嫌いに、ならないで、お願い…っ。」

  ぽろり、ぽろりと泣くなまえは縋り付く様にレイリーの服を震える手で掴んでいた。

「…わたし以外の所為で泣くなまえは好かないな…」
「…っ、」

  逃さないという程の強い眼差しでレイリーはなまえの濡れた瞳を捉える。目尻の皺が一際彫り込まれ、目を細められてしまえば
なまえはもう動け無い。

「キミはわたしだけのものなのだから、わたし以外の理由で涙を零すことはあってはならないんだ…例えなまえの親御であってもなまえを泣かすのであれば、わたしは許さないつもりだよ。」
「レイリー…」
「どうだ、わたしは酷い男だろう?だからみんなわたしの所為にしてしまうといい。キミの辛い事は、酷い男が全て仕組んだことだと思いなさい。」
「そんなことっ、」

   思える筈もないのだ。この男が誰よりも思慮深く理知的で、誰よりもなまえを愛してくれているのを知っているのだから。
   けれどもその男はなまえの、その言葉を聞かない様に己の唇で彼女の口を塞いでしまった。

「っふ、あ…」

  唇を食まれ軽く歯を立てられた。舌をするりとレイリーは彼女の内へと割り入れて、戸惑う小さな彼女の舌に絡めてやる。
  覆い尽くす様な、容赦ない深い深いレイリーの口付けになまえはかくり、と足の力を無くしてしまう。そのまま彼女はレイリーに抱え上げられてしまった。
   男は寝室に戻って行く。

「キミの苦しい事は全てわたしの所為にしてしまえ。縋って離れられなくなって、わたしだけの為に生きて、その透明な涙を見せておくれ。」

   意地の悪い男はなまえの声を聞かず、彼女をベッドに無理矢理押し込んでしまった。己が独りよがりなのは重々承知の上、しかし彼女がひとりで傷つく事だけはレイリーは堪え難い。
   全てはなまえが最愛の人故に。



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