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鰐がつけた

   抱き潰される、とはこういう事か。なまえは動きの鈍くなった頭でぼんやりと考えていた。…息が、上手く出来ない。

「は、ぁ…っ。」

   男が嵐を起こせばなまえはなすがまま、その荒れ狂うものを全て受け入れる他に無い。
   肩に、いや自分の至る所に存在する赤い歯形は男が熱を加減無くなまえに与えた名残りだ。なまえはあちらこちらにある痕を目で追った。…これは暫らくタートルネックしか着れない。

「まだ余所見する余裕がある様だ…、なァなまえ…?」
「クロコダイル…、もう…げんかい…。」
「意見を聞いた訳じゃない、おれは確認しただけだ。」
「んっ…、」

   喰らう様な口付けをされ男の重み全てを押し付けられる。抵抗出来るはずも無い、となまえは諦めて残っていた力も完全に抜いてしまった。



   なまえが気が付いたのはそれから随分と時間が過ぎてからだった。男は荒々しいまでの行為を繰り返していたというのに、今はなまえを何かから隠す様に抱き込んでいる。
   目が冴えてしまって身じろごうにも、クロコダイルががっちりと腕を回しているのでなまえはちっとも体を動かせない。かろうじて捻る事が出来たのは首だけだった。

「いま、なんじ…?」

   なきすぎて涸れてしまった声でなまえはぽつりと呟いた。キョロキョロと目で時計を探しているとベッドの傍に僅かに輝く物が見えた。
   男物の大きな指輪。
   多分この男の、クロコダイルの不機嫌の原因である。多分、と付くのはなまえが理由を尋ねる前にクロコダイルが強引に彼女をベッドに放り投げた所為だ。

『何だこれは。』
『あ、』

  指輪はなまえには当然大き過ぎて、その時まではチェーンを通しネックレスの様につけていた。それをクロコダイルが目ざとく見つけ、かぎ爪で掬い上げて穴が空く程眺めていたのだ。

『安物だな。』

  にべも無く言い切るクロコダイルは、思い返せばもうこの時点から視線が鋭くなっていた。かぎ爪で捉えていたチェーンを離しなまえが一息しようとした瞬間、反対の手でもう一度それに手を掛け、小さな金属音を立てながら指に巻き付けていた。

『クロ、コッ…!』

  男の名前を言い終わる前に首からブツリッと嫌な音がした。男は片手だけで、ネックレスのチェーンを千切ってしまい、ゆっくりと指輪をなまえから取り上げる。

『…っ…、』

  クロコダイルは茫然としているなまえに一言も発せず、無惨にも指輪を地面に叩き捨ててしまった。…そして今に至る。

(多分、と言うよりもうこれは確実…。)

  如何してこんな事になったのだろうか。なまえはじい、と指輪を凝視する。もう壊れてしまったかもしれない、あんな凄い力で叩き付けられたのだし。
   曰く付きの物では無いので涙が出る程惜しいとは思わないが、やはり相当悩んで買った物であるので、引っかかるには引っかかるのだ。

「お揃い…だったのになぁ…。」

   男物だし、自分がつければ確かに不自然であったけれど本当によく似ていたのだ、彼が一番よく身につけている物に。『お揃い』は彼の性格を鑑みれば、中々難しそうだったので、せめてと思い、こっそりと自己満足で買ったのだ。

「お揃い、が如何した…、」

  途端に聞こえた低く掠れた声になまえはぴくりと肩を揺らした。今しがた起きたばかりの男は気怠げになまえから腕を離し、体を起こす。後ろに撫でつけられていた髪が一房乱れてこめかみに掛かっている。

「…誰と揃いだ、なまえ。」
「お揃いって…指輪の事…?」
「それ以外の話をおれはしていない。もう一度聞く、どこの男だ…?」

   クロコダイルの瞳の奥がここに居ない筈のその男を殺してやる、と恐ろしい程吼えていた。なまえはここで違和感に気付く。

「強いて、いうなら、お揃いの相手は…クロコダイル…だよ…。」

  一拍、空気が止まる。

「…続けろ。」
「…あ、うん…。クロコダイルが何時もつけてるのと、よく似てる指輪を近くの雑貨屋さんで見付けたの。」
「…それで?」
「クロコダイルはそういうの、お揃いとか好きそうじゃなかったし、私も無理強いしたい訳でも無かったから。…こっそりとならいいかなって自分で買ってつけてたの。」

   自己満足だけど、好きな人と一緒の物つけれたらって憧れもあったの。だから…となまえは段々と膨れ上がる羞恥と戦いつつ言葉を紡いでいた。とくとくと鼓動が速くなっていく。

「よく知っていたな…。」

   確かに『あれ』と似ている指輪を己は持っている。…値段は桁外れだが。なまえに言われてそういえば、つける機会が一番多い。と漸く認識した。
   自分でも無意識だったことを先に気が付いていたなまえに、僅かばかりであったがクロコダイルは目を開いていた。

「好きな人のこと知りたいから、知っていきたいから…クロコダイルの事、実はこっそり見てたの。」

  見つめられていたのは知っている。それに不快で無いのでそのままなまえの好きにさせていた。ただ、クロコダイルは意味があってなまえが己を見つめていたとは思いもしなかったが。
   だからだろうか、不意打ちの様ななまえの声に荒れ狂っていたものが無様にも萎んでいった。

「誤解させてごめんなさい…もう紛らわしい事しないから許して欲しいな…。」

   眠気が今になって再び襲って来たのだろうか、弱々しい声になっていてもそれでもへらりと切なそうになまえは柔く笑っていた。

「なまえ、」

   クロコダイルが何か言おうとするがその前になまえは力尽きて目を閉じ、そのまま眠ってしまった。

「…ちっ…、」

   己がなまえに他の男の影があると疑っていた筈であるのに、何だこのザマは。クロコダイルは寝起きにしては機敏な動きで、尚且つなまえを起こさない様に、電伝虫を用意すると何処かに連絡を入れていた。




「ん…、あさ…?」

   カーテンの隙間から漏れる光が眩しい。ゆっくりと体を起こしたなまえはふと、指に硬い物の感触を感じた。

「え…?ゆ、びわ…っ?」

   自分の指にシンプルな指輪が嵌っていた。しかもちゃんと女物だ。左手の薬指にそれは佇んでいる。

「起きたか。」
「クロコダイル…おはようございます。これ、クロコダイルが?」

  ベッド近くの椅子に掛けている男に、自分の指で輝くそれを示すと「おれ以外、他に誰がいるのかお聞かせ願いたいが。」など捻くれた答えが返ってくる。

「…おれの女があんな安物つけるんじゃねェ。」

  ぶっきらぼうに言うクロコダイルは傍に置いてあったコーヒーカップを手に取り、一口啜る。なまえが驚きながら男を仰ぎ見ると、キラリと輝く物がクロコダイルの指に見えた。
   無論男物であるが…同じ、デザインだった。

「散々ないていただろう。今日はもう寝ておけ…ふらふらされると気が散る。」
「…うん。心配してくれてありがとう。」
「勝手に思ってろ…」
「指輪も、すごくうれしい…っ…」
「そう、か。」

   他人に関心が殆どないと言って過言ではない、クロコダイルのわかりにくい労わりの言葉をなまえはちゃんと知っている。


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