くたばれKBC | ナノ

ころりの噺



※近侍が山姥切国広君のバヤイ

 山猫が馴れて、擦り寄ってきてくれた感覚に近しいものがあった。
 白布から覗く金色の髪がさらりさらと揺れて、人差し指と中指を通っていく、更紗の手触り生糸とみまごうばかりその金髪にいっそくらりとしてしまう。山姥切の御髪は、審神者のなすがまま右へ左へと揺れている、ゆれている。

「どうせ、すぐ飽きるんだ…」
「飽きませんよぉだ。」

 あきる、どうせ、写しだ、おれは。
 繰り返される台詞に審神者はくすくすと笑み崩れて、大丈夫だから、ね。とまたかの金色を柔くやわく梳き撫でるのだった。

「いたくない?」
「いたい。」
「あ、ごめんね、強く引っ張りすぎた?痛かった?」
「違う。…ここに居たい、だけだ。居たい」

 言葉のあやをときほぐし、肩にかかった白布をややもして引き抜いて暫し。青年、いや打刀の彼が見上げるのは自分を見おろしている審神者であった。後ろ頭は温かくて彼女そのもので誂えたような、そんな柔らかさの上にあった。ひざまくらだ、おのが主の、ひざまくら。

「しびれてないか…?」
「まだまだ平気。」
「何刻すぎたろうか、」
「四半刻、くらい?」

 十五分、を刻にあわせるなら確かこれくらいだった筈。審神者はこてりと小首を捻り、現代っ子の記憶と遥か彼方の言葉じりを重ね合わせていたものであった。

「時間はまだ、あるのか。」
「うん。今日の報告書はぜんぶ終わったから、大丈夫。」
「おまえは大丈夫、ばかりだ。」
「本当のことだもの。…夕食こさえる前までなら、ゆっくりしてられるよ。」
「そうか。」
「そうですよー。」
「なら。まだこうしてる。」

 小さな早口で体を捩る。青年は気恥ずかしいのか照れくさいのかそれとも居心地が良い癖に居心地が悪いのか、ついぞ人の身でしか知れないさざめきに苛まれていたのだった。
 主の膝枕。ほのかにかおる、あまやかさは筆舌に尽くしがたく。

「…ゆっくり休んでね、いつも近侍の任ありがとう。」
「酔狂なやつ……。」
「ふふっ、」

 最初の頃は、なんとまあ、風変わりな打刀と思ったことか。うまく付き合える様になったのはそれからしばらく時間をおいてからであった。
 ははあ、こういう台詞を呟くときは拗ねているということか、と納得したのは確か短刀達にかかり切りになってしまった時である。今剣の「やきもちやきさんっ」の一言がきっかけだった。そこからは風にとばされる霧のごとく。今では憎まれ口さえもすっかり可愛い可愛いと思うようになってしまった。
 おやばか、いや刀ばかなのだろう。いや弟ばか、ブラコン?

「今日は良い天気だねぇ。」
「躑躅も、皐も咲いていた…」
「こんど皆でお花見もいいかも…」

 彼が猫の子のようになったのは、そう、小狐丸がここへやって来た後だった。ぺたりぺたりと主に懐く大型犬に触発されたのか、二人っきりの時に限りこの近侍はころりころりと審神者に添うてくる。兄弟くんだりと例えられていると知ってか知らずか、この打刀は彼女だけ、我が主だけにはひねくれ屋をしまい込んでまどろみの甘えをみせる。
 今日もまた、ころりころりと金髪は彼女の上で転がるのだ。

「ねむく…なっちゃうね、山姥切くんがあったかいから…」
「…。」

 返事はなく、とい掛ける審神者の声も夢とうつつを行ったり来たりしていたのだった。躑躅の季節はうたたねの神が笑う季節だ、こうして二人は春風とともに微笑みを向けられて穏やかな寝息を紡ぐのだった。

「   」

 近侍だから、と教えてもらった彼女の名を喉の奥で真綿に包むように囁いて。温かいからもっと傍にありたくて、青年はまたころりと身じろぐのだ。







「起きろ山姥切国広。」
「……。」
「すみやかに、主が目を覚まさないうちに起きろ斬るぞ。」
「…はせ、」
「貴様主に一体何をしているのか。話せ。無駄口は許さん端的に説明を述べろ。」 
「…いや待て、いやそういうつもりじゃあ、無い。ワザとでもないしこいつとどうこうあったとかいう訳でもない。断じて違う!そもそも俺は所詮写しの身だ、こんな、不相応な真似……おこがましいにも、程がある。」
「おこがましいなど、どうでもいい、貴様なぜ主に抱きついているあまつ膝枕など許されようものかああ、許されるものか。」

 その後、主愛しさから近侍をへし切ろうとする男が春に沿わぬ極寒の眼差しと共に不幸にも現れてしまうのだがそれはまた別のお話になる。


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