ひねもすの噺
「つじのかんみやの、おまんじゅうがたべたいんです!」
「おゥ主よ、中々に美味い甘味屋ができたそうだぞ。辻にある、どうだ一緒に行ってみるか!」
「へ?」
「「ん?」」
つまりそういう事になった。
「にぎやかですねぇ。」
「活気があるねー。」
「がはは、まァ町であるからな、」
わか葉もゆる春の、み空。あまねは春の色いろに染められて行き交う人びとの足取りもまた、かろやか。
歩く姿は大、中、小。一人は大男いま一人は小柄な娘、そしてかくや冬の名残かと見まごう雪色をもつ童であった。歩はゆるやか。
「主よ、歩くのが速くはないか?俺はご覧のとおりの図体だ、歩くのもしかり。」
「ありがとうございます。大丈夫、ちょうどいいですよー。」
「そのときは、いわとおしがしょってさしあげればよいのです。」
「えっ、はい?」
「がはは、よいか今剣。主はおなごぞ、どうにも勝手が違うのでな…抱えあげると色々あちこち喧しくなるのだ。」
「はせべですか?」
「それに加州、小狐のもな。…三日月と鶴も静かだがあれがなかなか。がはは!」
おや。てっきり「がはは!そうであったな!」と大笑い小笑いしてそれこそ、米俵か酒樽如くひょおいと担ぐ…のがこの男の男たる所以である筈なのだが。いやこれは、なかなか。背が高いから回りがよく見えている…とはまた違うのであろうが、『見ていない様で見ている』のがこの男の生来であった。己と似たり寄ったりの情を隠していれば殊更鼻が利くのやも、しれぬ。
この審神者、驚いてぱしぱしと瞬きを繰り替えしてしまうのである。歩く豪快、荒ぶる二の腕我が本丸で一、二を争う見上げる図体、おおざっぱの代名詞……は流石に大仰か。兎にも角にも『そういう』立ち振る舞いが常の男であったのだから。
「なのでな。分かり申せ。」
「はぁい。」
「主よ。」
「へっ。」
「素っ頓狂な顔をしておるぞ。……心当たり無かったのか?」
「いや、その。皆心配性というか…その、大げさ?かな?と。」
「……ふはっ!」
「えっ?!」
「いやはや、そうかそうか!心配性だな確かに!皆、主をようみているぞ。」
わはは、と何故だか愉快げに犬歯を見せた大男は一歩だけ大股で歩いてそれからまた小幅の二人に合わせるのだった。
その後は「いわとおし!かたぐるましてほしいです!」「あいわかった。」とまるで兄弟か親子のそれが折りに混じった事が代わり映えといえば代わり映えか、それくらい何事もなく辻の甘味屋にたどり着いたのである。
「おまんじゅう、みっつくださいなっ。」
「はいよー。」
辻の饅頭は三国いちばん。茶をすすって饅頭を齧ればなるほど、確かに美味い。しっとりとした歯ざわりに二口、三口と食は進み頬袋がぷくりと出来上がる、頬袋の大きさも大、中、小。今剣なぞ特に上機嫌で足の届かない腰掛の上で両足をぱたぱた振っていた。無い尻尾の代わりやも知れん、と大男はとりとめも無く小さくごちていたのだった。
「おいしいねぇ。」
「おいしいですねぇ。」
無い尻尾、とくればあながちこの主も似たようなものをあつらえている。先ほどからにこにこと花笑みを浮かべている姿は、小さな小さな兎の仔か小犬の面影がちらちらと絹髪の向こうに垣間見えるようではないか。
あの絹の髪を口に入れれば甘いと言われたら己は早々に信じるだろう、それほどまでにかの君の香りは際立つまでに甘そうで、うまそうであった。
「これはよいものぞ。」
「そうだね、みんなのお土産にしましょっか。」
「…ふはっ!」
「ええ、岩融…?どうしたの?」
「いいや。いいや。…持って帰ってやろう。短刀どもなぞ大喜びだ。」
時に、随分と稚児のそぶりを見せるのは態とか、いやこの主なら言うに及ばぬか。
饅頭の相手を再開しようとばかりに最後の一口を放り込んで、それから目尻を緩める大男であった。審神者は小首をかしげたが結局はつられて残りを口元に運ぶ。
「あらあら、今剣、ちょっとこっち向いてね?」
「はい。」
「ほっぺにアンコが、」
「あれ?こっち?」
「残念こっちでしたー。」
「ふふふっ、」
「じっとしてないと取れないよ、ふふっ、」
「くすぐったいんですもんっ。」
今剣の頬に付いた餡子を取るしぐさは今度は母御さながら。こういう顔もまた大男は好んでいる。これが己が孕ませた後の我が子ならば、などと想いはせれば…こう、心の臓が煮え湯に突っ込まれた気分になるのだ。
いくさ場の腹底から熱がうねるあの感覚とは、また違う熱が瞳から零れていく気配がした。柔らかく己よりも小さなものを庇護せねばという使命感にも征服欲にも似た気配であった。とみに、勝手に沸き起こるそれに大男はにい、と弧を口元に作る。作ってしまう。
「ぼく、おちゃのおかわりいただいてきますね。」
頬がすっかり綺麗になった今剣は照れくさいのか「ありがとうございます、」とはにかんで女将のもとへ足取り軽く歩いて行ったのだった。眺めるのは穏やかな空気をまとう大男と女である。
あれまァ。また可愛らしい坊だね。まだ若いご夫婦だねェ。と厨で聞こえたが大男はさして正そうなどと無粋はしなかった。傍らのもう一人の耳には入っていないので、なおさら。
「あぁ、主、いいな。実によいものだ。」
ころころ変わるすがた、そのほほえみをとらえているのは己ひとり。
母でもあり子のようでもある、我が主とのねんねを楽しむような、このひとときに蕩けてしまいそうだった。ひととき、よもすがら。
ひととせ、ひねもす。
「人びとが連添う、その事柄ぞまこと愛しい。」
神の末席とて、それは神ぞ。このいとおしいおんなと、終夜。
「……岩融の言葉は時々すごく…なんて言おう、哲学的というか言葉遊びをしているというか、そんな独特な雰囲気になるね。」
「そう、きこえるか。」
「うん。こういう時、皆はやっぱり長い年月をすごしてるんだなぁって再確認できるね。成熟してるというか。」
「そんな大したものでなし…いや人の肉を得てから、得た感覚に酔うているのやもしれん。酔っ払いの戯言ぞ。」
「よっぱらい?」
「そうさな。鞘当てせずともよいから酔いが回るものはやい。」
「??」
「さァて。」
土産を買うて、さてその後はどうしたものか。先ずはつれそい歩きを自慢して、それからたっぷりと甘露の饅頭を分けてやろう。
全く、己の性根も大概だ!そうひと息つけたのはこの『薙刀』の心中のみ。
審神者にとろりと眼差しをおくって、岩融はひとつ「馳走になった。」と満足げであったのだった。
終