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ちょっとだけちがう

「おっかいものー。」
「おっかいものー。」
「えぶりでー」
「やんぐらいっ」
「「ふ、ふ、ふーん」」
「誰に教えてもらったの?その歌。」
「「ロビンちゃん!!」」

 ロビンおねえちゃん、って呼ばないとと苦笑いして当の本人から「ロビンちゃんがいいわ」と訂正されたやり取りがリフレイン。そんな午前九時。
 ビンカマジョールを花瓶に生ける春の日和、我が家は双子の歌声で賑やかだった。祭日だからお出かけしましょうと最近出来たアウトレットに件の彼女に誘われたのが先週の午後の事。

「随分と、まぁ昔のCMを…。」

 この子達が生まれるよりも前のCMをなまえも覚えている。中々に茶目っ気のある彼女は今頃駅近のカフェでコーヒーの香りを楽しんでいる時分だ、メールが届いたので間違いない。

「パパおるすばん?」
「パパおしごと?」
「随伴できず申し訳ないレディ諸君。」

 パパこと社長殿は社長らしく祭日とて出勤。と言っても書類をまとめる程度であるので遅めに出る。いつもの光景とは毛色が違う、今日は妻ではなく夫が出かけの見送りをするのであった。

「お土産、とびっきりのを選んできますね。」
「それは身に余る光栄。」

 『私たちだけお出かけしてしまってごめんなさい』と以前口にした時は額を小突かれたっけ、と再びリフレイン。なので野暮な台詞は胸の内にしまって、微笑む。暗黙の…といえば堅苦しいけれど夫との二人だけの約束ごとを撫でるように慈しんでなまえはバッグを肩に掛ける。
 口元を上げてお茶目をふりまいた方が楽しいと教えてくれたのは何を隠そうこの夫なのだ。これを話すたびに彼を知っている人間ほど腰を抜かすくらい驚かれるのだけれども。

「ママー。」
「はやくー。」
「はあい。」
「「パパいってきまーす。」」

 お気に入りの靴を履いて、玄関でちょろちょろしている双子に急かされて足をそちらに向ける前に「なまえ」と呼ばれバードキスひとつ。背中をあっという間に向けてしまった男にひらひらと手を振られてなまえはぽかん。のちに赤面。双子は目をまん丸にしてこちらを凝視。
 一瞬の無音の後は「パパちゅーしたね!」と飛び跳ねている双子をなんとかかんとかなだめて暫し。ようよう母子三人はお買い物にでかけるのであった。






「あらあら。サーは情熱的ね、あなたと結婚するまでちっとも知らなかったけれど。」
「あ、ははは…。」
「ママお顔まっか!」
「パパのせいなのよー。」

 そして到着したのはフードコート。どうにもぎくしゃくしたなまえとくすくす笑い合う一番小さな友人達に小首を捻ったのはニコ・ロビン。これは何かあったと察し、なまえではなく双子から聞き出した朝の一幕に殊更笑むと「本当に知らなかったわ」とまたおもしろそうに囁くのだった。

「パパはママが大好きだもん。」
「ママもパパ大好きだもん。」
「「ねー。」」
「ナイルっ、モレレットもっ、しー!」
「ふふふ、ご馳走様でした。」
「あああ…。」

 穴があったら入りたい、と悶えるなまえにご機嫌なのは残りの『レディ』達。女の子はすぐにおだとまごつくままに母親の威厳はいったいどこにと自問する母親がここに一人。
 用事を済ませてお土産を見繕って(皆で選んで決めたのだ!)一休みのつもりだったのにてんで休んでいない気がする。

「…あー、何か飲み物買ってきまスネ…。」
「うふふ。なまえが一番ノド乾いてるものね。」
「もう、ろびんさんったら…。」
「ふふ。」

 幸せそうな子があんまりに可愛いからもっと可愛いところみたくて照れさせちゃうのよ、自分でもちょっとイジワルねって思ってるわ。美人の美人たる微笑とさらりと述べられる台詞になまえはいつだって勝てた試しはない。「二人は私と待ってる?」「ロビンちゃんとお話するー。」「するよー。」とそんなやりとりを繰り返し、なまえだけひとり財布を持ってレジへと歩く。

(タピオカドリンク、かぁ…。)

 そう言えば新しく専門店がオープンしたらしく、いくらか人が並んでいた。もの珍しいから娘達も喜ぶかしら?なんて考えてしまうのに時間はかからない。引き寄せられるように並ぶ列の最後尾へと辿り着いてしまう。そこまで時間はかからない筈。
 後二人ばかり待てば自分の番だ、さて何にしようかしら。あの子達が飲みやすいのだったらココアかいちごみるく、その辺り。

「うーん、ミルクティーも捨てがたい…?」

 そうして暢気にメニューを選んでいたのだけれど目の前に何故か影。人の影。前列の人は小さな男の子だった筈なのに、自分をすっぽりと隠してしまう程大きかった。

「でさー。」
「まじサイアクだねそいつ!」
「…えっ?」
「ホントホント昨日からずっとライン無視されて…」
「あの、えーと…。」

 女性二人、大きいのは高いヒールを履いているからだ。極々自然にほんとうにすっと、例えるなら忍者のように男の子と自分の間に入り込んできた。所謂、割り込み客というものか。どうしよう、あんまり体験したことが無いから対応しづらい。

(まあ、ふたりだけだし、ああでも皆を待たせるのもな、ちゃんと注意しないといけない、よね、)

 もだもだとびしっと注意できないのは意気地が無いからで、気の弱さが露呈してしまっているからで、ええとその。ふらふらさ迷う右手は情けなく眉は自分でも分かるほどすっかり下がってしまっている。

「あの、すいません、」
「アハハッ。」
「やだー。」

 盛り上がっていてこちらの声に全く気づかない。ああ、これは参った。と頭を抱えそうになる。

「なァマルコ、ナタデココだってよ。新発売!」
「諦めろい。そこのチビすけで売り切れだってよい。」
「え?」
「「ええ?」」

 右手を下ろした瞬間に聞こえたのはそんな声だった、男の人たちのそんな会話。売り切れとは…人気だからそんな事もあるのか。残念。
 そう思ったのは前の女性二人もである、「なんだ。」「ざんねーん。」と言いつつその場からスタスタと立ち去ってしまう。なまえも自販に行こうと振り向こうとするのだが。

「買わないのかい?」
「え、でも…売り切れなんじゃ……。」
「売り切れてねェよい。…どうやら見間違えちまったらしい。」
「そそっかしいなぁマルコ。」
「なんだいナタデココ野郎。」

 ふふん、とニヒルな眠た眼を見せるのは、ファンキーな金髪の男性だった。そして愛嬌のあるそばかすが似合う青年。どちらもスーツを着こなしていた。
 なまえの後ろに『きちんと』並ぶとレジ横にあるメニュー表を眺めていた。

「ああいうのは相手にするだけ疲れるからねい。マナーが悪いと運も悪くなるんだよい。」
「はあ…。」
「あんた怒んねぇから。心配になっちまって。メーワクだったか?」
「いえ、その、ありがとうございました。」

 ここのどこそこの有名店がオファーしてるんだ、と知りもの顔でまたニイ、と口元を上げていた。そして続くのは青年の「おれココアにしよう」と言う暢気な声。 いいのかな、と少々の罪悪感がこみ上げてくるが「運が悪い日もあるさ。」ともう一度暢気な声。
 
「…それじゃあ私もココアにしようかしら、」
「ここのは結構甘いよい?」
「甘いの結構好きなんです。」
「そいつァ結構。」
「ふふっ、」
「ケッコーって便利な言葉だな、結構なこった。」
「ふふ、」

 なんだかめったにしない体験を一気にいろいろと体験してしまった気分だった。しかも順番が来るまで話が盛り上がるなんて夢にも思わない。
 ドリンク片手に三人のもとへ帰って来て「今度は不思議な顔をしているわねぇ」とまた小首を傾げられてしまうくらい、へんてこな顔になるくらいには、めったに無い体験だった。








「マルコ、な。」
「もしかしてお知り合いです?」
「…さあな。」

 夫にことの顛末を話した後の奇妙な空気も、中々に珍しい体験ではあった。
 その後に『マルコ』が夫の会社のライバル企業の副社長だと知るのは……もう少し先の話になる。


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