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明日にそなえて


  某都市の、某学園附属の幼稚園。そこがこの、見た目も中身も瓜二つの双子が通う幼稚園。
  今日も今日とてお父さんにお見送りされて、夕方にはお母さんのお迎えに元気に手を振ってこたえる。帰りの車の中はいつも双子の声ではち切れそうになっているのが……お決まりのコースで、本日も類に漏れず。しかしどうにも一味違ったのだった。

「ママ!」
「今日はね!」
「「しゅくだいがあるの!」」
「宿題?」

  来年から小学校だからー。と見事にハモった娘達にお母さんは連絡帳の一ページを思い出す。
  『小学校入学の準備として宿題をお子様にしていただきます。』うんぬんかんぬん。

「あぁ、このことなのねぇ…」
「あのね。」
「しゅくだいはねー。」
「ふふっ、」
「くふふっ、」
「パパかね、ママの好きなとこをじっこ見つけるんだよ!」
「ふたりいるからパパもママもかくの!」
「そうなの?」

  なるほど、なるほど。なまえは浮き足立つ二人のはしゃぎ声に頬を緩ませるとゆっくりハンドルを切る。もうすぐ我が家に到着だ、さてお夕飯の準備もしなくちゃね、なんて思いながら。
  その間もずっとこの双子は種明かししたのが楽しかったらしく、『パパにも教えてあげるの』と……かの社長曰く暢気な母親にそっくりな笑顔をくしゃっと浮かべていたのだった。
  そうして帰り着いた我が家、お着替えを済ませてひと心地。双子は「「ママ!」」と同じタイミングでなまえの顔を見上げて、ふにゃふにゃ顔になる。

「ママの好きなとこはね!」
「あら、早速?」
「そうだよ!あのね、ママはすごくやさしいの。」
「おいしいごはんも作ってくれるの。」

  うさちゃんおにぎり作ってくれるものも、お手々つないでくれるのもとご機嫌で話し続ける双子にお母さんは目線を二人に合わせるようにしゃがむ。

「パパとなかよしなのも、」
「くしゅくしゅつけてくれるのもー…それにね、」
「「モリーとルーをぎゅっ、してくれるもの好きー。」」
「…っ!もう、もう、可愛いなぁ…!」

  大切で大事な我が子にこんなにベタ褒めされる日が来ようとは!なまえは文字通り身悶えしてしまってにこにこ無邪気な娘達をいっぺんに抱きしめてしまう。腕の中できゃっきゃと鈴の声が響けば尚更。
  
「ありがとうね、モリーもルーも。ママの事いっぱい好きでいてくれてありがとう。ママも大好きよ!」
「ママ泣いちゃった?」
「ママ泣き虫さんだもんねー。」
「泣き虫さんのママも好きー。」
「わっ、わ、止めるから待ってぇ、」

  右と左からよく似た声が聞こえなまえは大笑いすればいいのか感涙すればいいのか……泣き笑いしてしまうのだった。








「……帰った。」
「はい、お帰りなさい。お疲れ様でした。」
「あァ。」

  そして刻が経って夜半ば。
  良い子達は夢の中で羊さんと遊んでいる頃に久しく動かなかった玄関ドアがガチャリと開いたのだった。

「ご飯温め直しますね。……先にお風呂入ってきちゃいます?」
「そうだな。」

  『遅くなる、飯は帰って食べる』そんな夫らしい簡潔なメールを貰ったのはそろそろ仕度を、と冷蔵庫を開けた時であった。意外とマメな男はやたらとタイミングを読むのが上手い。

「……ん?」

  夫のお決まりのコースはリビングを通って子供部屋それから夫婦の寝室(本人は絶対言わないけれど!)、なのでその通り道、ローテーブルの上に置いてあったものがすぐに目に飛び込んだらしい。
  してやったり、なまえは夫の言う通り『双子によく似た』笑顔を……嬉しくてしかたない、そんな微笑みを湛えてしまっていた。

「あの子達が書いたんですよ。」
「これは、また。」

  ケースに入ったクレヨンの色を全部使ったような極彩色、たどたどしい鉛筆の『あ、い、う、』が画用紙いっぱいに散らばっていた。
  かくかくしかじか、お父さんかお母さんの好きなところを十ばかり見つけて書いてくる宿題が出た。と夫に伝えれば納得したようだ。

「ほら、来年から小学校でしょう?」
「近頃のはそんな事までやっているのか……。」
「ふふっ。時間がある時にでもまた連絡帳読んでみてくださいね。」
「時間が取れたら、な。」

  そう言ってはいるが、この男はきっちり読む時間を確保するのだろう。子供部屋を一瞥してその後は件の画用紙へと目を移すのだった。

「で、これが……」
「お父さんのですよー。」

  隅の方にワニ?らしき絵がお行儀良く這いつくばっている。これでもかとあらゆる色を使われた一作に夫は静かに目元を緩めていたのをなまえは見つけたのだった。

「パパに見せるんだ、って張り切っていたんですけど……疲れて眠っちゃったんです。」
「明日話せばいい。」

  また明日の朝も騒がしくなるのだろうなぁ、と予想をつけてなまえは「そうですね、」と首を縦に振るのであった。
  身の丈以上のしあわせに、また泣いてしまいそうになりつつ……彼女はご飯を用意しようと歩を進める。

「……なまえ。これは何と読むのかね?」
「うん?ええと、『撫でてくれるのが好き』。」
「こっちは。」
「『抱っこしてくれるのが好き。』」
「……そうか、で。ここは。」
「……?」

  おや、この男なら要領がいいから子供達の文字にすぐに慣れるだろうと思っていたのだけれど。
  そしてもうひとつ付け加えるなら……まるでこれは自分の心の内を夫に語っているようで、どうにもこうにもむず痒くなるのだ。

「……えー、『一緒にお風呂入ってくれるのも好き』」
「ほお。……ここ。」
「……『背が高いところ』、『ママと仲良しなところ』……すごく優しいところも……すき、」
「おれの奥方は随分と情熱的だ、」
「…もしかして、わざと、」

  言わせてた?と夫の顔を仰ぎ見れば、普段は背の差分が随分あるのにその距離はゼロになっていた。夫の唇が少しかさついているのは、夜風を浴びた所為だろう。
  そうして耳元で囁かれる言葉に目を白黒させてしまう。

「ご希望どおり、まずは一緒に入るとしよう。」
「えっ、あっ、」
「歩かないのかね?我儘だな……では抱いて差し上げようか。」
「わっ…!」
「……二人が起きるぞ…?」
「わたしも?お風呂?ご、ごはんは…?」
「後でな。」
「お腹減ってるでしょう?」
「……性欲と食欲は反比例するそうだ。観念しろなまえ、焦らされるのは趣味じゃねェ。剥くぞ。」
「ひゃ、」

  抱き込んだ奥方がすっかり縮こまってしまった事に気を良くした男は器用に片手でネクタイを緩めて、ゆっくりと喉仏を上下させるのだった。


  テーブルに残された画用紙のワニの顔がヤレヤレ、とため息をついているようにも見えるのは……きっとただの気のせいなのだろう。

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