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朝のはじまり

  初産で、そして双子。母体にも子供達にもリスクがあります。勿論我々は最善を尽くします、けれどどうかこれだけは心しておいてください、お父さん。
  医学の進んだ現代で、どの口ほざきやがる。とは言えなかった。妻の……小さな妻の腹は満月よりも満ち膨らんでいたのだから。
  こぼれ落ちてしまいそうだったのだから。


「ぱーぱー!」
「あーさー!」
「あっさー!」
「……夢か、」
「パパおきたよ!」
「パパおきたね!」
「おはよぅー。」
「ぱぱおはよぅー。」
「モリー、ルー、お早う……。」

  壁掛け時計をぼやけた脳みそと眼で確認すれば七時前。カーテンから朝陽が溢れているのも確認、そして最後に腹にのし掛かってくる『同じ顔』を確認する。
  あぁ、間違いない。夢の正体はこのお嬢さん方だ。

「パパきいて、きいて、」
「『だれが好き?』ってきいて!」
「……それでは朝早くから大変お元気なお嬢さん方、誰が一番お好きでいらっしゃるのかね?」
「「パパ!」」
「それは僭越至極……。」

  寝起きの低音であるが意にも介さず、同じ顔の同じ声はきゃらきゃらと大男の上で笑い転げている。
  そろそろ退いてくれたまえ、お望みどおりにおれは起きねばならぬのでねと、恭しくも言い募れば仔犬の様に転がってベッドから二人は降りていくのだった。
  最近目覚まし時計が意味を成していない、とは誰も言い出さない。静かにアラーム解除した男は忙しそうに手足を動かし、キッチンへと駆けていく四本分の足を眺めたものだった。

「ママもだいすきー!」
「ママもいちばーん!」
「あら嬉しいなぁ。ありがとうね、ママも大好きよ。……クロコダイルさんもおはようございます。」
「あァお早う。」

  たっぷり露を浴びた、わか葉の微笑みは寝室から出てきた三人に注がれる。幼子が脈絡無い言葉を選ぶなどとっくにご存知で、しかし間違いなく本心であるとよくよく知っている母親はまとう空気を蕩かせたのだ。

「パパの準備ができたら朝ごはんにしましょうね。」
「はあい。」
「はあい。」
「もう少し時間があるから、モリーとルーは今日のくしゅくしゅ選んできてくれますかー?」
「「はあーい。」」
「『くしゅくしゅ』……?」

  自分達の部屋に走り去る双子の背中を追って、それからにこにこしたままの母親、いやこの大男からしたら奥方か……彼女の目尻に視線を移すのだった。後ろに流した前髪がひと房ふた房乱れて落ちている、あぁ私の旦那さまはどうしてこんなにも艶やかさを振り撒いているのだろうか。

「ふふっ、シュシュの事なの。……間違えて覚えちゃったみたいで、もうそれでインプットされちゃって、」
「なまえが編んだヤツか。」
「そうそう。……あれ?私、シュシュ作ったって教えましたっけ?」
「おれが奥方について知らない事があると?」

  ネタをバラすなら双子が全て顛末を説明してくれた、という訳だがおんなを口説く丁度いい口実を逃す手は無い。するりと片手を伸ばしずっと背の低い妻を誑かしてやるのだ。

「かのお嬢さん方には愛の言葉をおくって、おれには囁いてもくれないのか。おれは焦らされるのが嫌いな性分なんだが…」
「もう…。だいすきですよ、あなた。」
「おれの名を忘れてしまったのか…?」
「クロコダイルさん、だいすきです。」
「ありがたき幸せ。」

  双子がドアを開ける三歩前、小さなリップ音を静かなキッチンに響かせた男の一日はこうして始まるのだ。
  こんがり焼けたトーストと、サラダとハムエッグ、それからトマトスープが四人分並んでサー・クロコダイルは目をさます。

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