Primeiro estrela de noite | ナノ

八話目
「こっちだ、なまえ。」

  初めてであった時の、だぼだぼ服。そして麦わら帽子。
  差し伸べられた、てのひらは泣きたくなるくらいあたたかい。

「うん。」

  『さようなら』と『ごめんなさい』は手紙に書いて静かな部屋に置いてきた。だからなまえはもう話す事は何も無い。

  青いひかりのその向こう。海の世界へゆくためになまえはただ緩やかにほほえむのだ。




「って、わ、わわわわ…っ??なに?風?きゃあああっ?!」
「うひゃあああ!すっげぇええ!空!空の上だぁあ!」

  風を切る音に驚いているのはなまえばかり、光を通れば海ではなく空が広がっていた。赤いダボダボ服を必死で手繰り寄せ、小さな男の子を守ろうと彼女は身を硬くする。
  道は?地面は?一体どこへ消えてしまったのだ。何故?何故どういうことだ。
あるのは空気ばかりで掴むものはルフィの体ぐらいしかない。

「なまえ!見えた!メリーだ!」
「め?めり?」
「真下!」
「ました?」

  現在絶賛落下中、びゅわびゅわと上から下から烈風が襲いかかってきて、ルフィに言われて『恐らく』下を見れば真っ青な海が広がっていた。
  なまえの顔もまた真っ青となる、落ちたら、これは、どう考えたって!

「おち、落ちちゃ、」
「なんとかなる!」
「へっ?」
「離れんなよ!」

  きゅるん!と『ゴム』の腕が腰回りに絡まってきた。これに感しては随分と見慣れてしまったが、このままでは二人とも海に叩き付けられて…いや、船だ、船が真下にある。このままでは船と正面衝突して。
  ルフィだけでも助けられないか、自分がクッションになればいいのか?そんな事すら考える時間すらない、ぶつかる!

「るふぃ、」
「『ゴムゴムの』…」

  すうっと聞こえるルフィの呼気。

「『風船』!!」

  そう言った頃にはもう船は目前、目を丸くしている『船の乗員』。視界の端に映る緑とオレンジ色。羊の頭、麦わら帽子をかぶったドクロ。
  これが走馬灯というものなのか、いやしかしこんな組み合わせ過去に見た記憶など無い。

「ゃあああっ…!」

  ミンチになる!と喉が潰れてしまった様な悲鳴をなまえが漏らしてしまった瞬間、ぼよんと柔らかいものが全身を包んでいた。そして赤くはためくものは一番近くにあった彼の服の色。
  腰に巻かれた腕の力は緩まるどころか強くなって、しかしなまえは脳みそが現実に追い付いていなかった。
  生きてる?どうして?ルフィは無事?

「??」

  むにっとして、ぽかぽかした感触で敢えて当て嵌めるなら赤ちゃんを抱っこした感覚に似たそれは「いやぁびっくりしたなぁ〜」と笑っていた。
  …ん?『笑って』いる?

「「「こっちの台詞だボケェ!!」」」
「えっ?!」
「「「えっ?」」」

  ぽよんぽよんとした『何か』で揺れていたなまえの耳の方は…ようやっと現実に追い付いた様でそろりそろりとそちらを覗いて見るのだった。男の人の声、それに女の人の声も、子どもの声もした気がする。

「…誰だてめぇ。」

  まず驚いたのは見事な緑の髪、そして腰に差してある刀…その数なんと三本だ。眼光するどく腕組みをしてじと、となまえを眺めていた。…片耳の隅できらきら光るものが見えたが、あれはピアスかイヤリングだろうか。背の高い青年は睨めつける様になまえと、なまえの下側を見ていたのだ。

「ルフィどこいってたんだよ!てかそいつ誰だ!?まさか敵かっ?!いいいいかん『敵に発見されたら死んでしまう病』がっ、ぐえぇ、」
「ウソップー!死ぬなー!医者ー!…。…おれだー!」
「しっしっし!」

  ついで長い鼻の青年に驚いた。人間の鼻ってあんなに長くなるものなのかしら、いやいや見つめ過ぎては失礼極まりない。声がよく通る人だなぁ…と思いつつなまえが目を逸らした先にはヌイグルミが動いていた。ピンクのモコモコのシルクハットを被った…二足歩行。
  あぁルフィとは違う子どもの声はこの子だったのか…そうか。此方の世界ではヌイグルミも喋ってしまうのか、そうか。

「驚いた…天使は、本当に、本当に居たんだな…シルクの様な御髪、華奢なおみ足…流れ星の様に降って来た素敵なお嬢さん…愛らしい…!」

  恋は、いつでも、ハリケーン…。そう呟く金髪の青年の返答にどうしても困ってしまうなまえだ。なんだろうか、この聞いているこちらがこそばゆくなってしまう台詞のオンパレードは。美しい、と言うなら彼のその金色の髪の方が綺麗だろうに。髪色とびしっと着こなしたスーツがよく似合っていた。

「あらあらおかえりなさい船長さん。」
「あんたはもー!どこほっつき歩いてたのよルフィ!」

  今度は女性だ。ひと方は茶色よりも明るい髪色の、女の子だった。ぜい肉なんて一つもない素晴らしいプロポーションで同性でありながら見惚れてしまいそうになる。
  そしてもうひと方はハキハキした物言いの彼女とは違い、くすくすと口許を隠して微笑む黒髪の女性である。大人っぽくてどこかミステリアスな雰囲気をまとったまま『その子はだあれ?』と…やはりなまえの下側を眺めて囁く様に問い掛ける。

「…?」
「おう、なまえ、空気抜くぞ。」
「くうき?…え?えええええ?」

  ぽよんぽよんとした下側をここで漸く初めて認知したなまえであった。ぶしゅー…と抜けていく空気、いや息か。しぼんでいく光景をぽかんと眺めているうちに『彼』の見てくれは極々一般的なサイズへと戻っていくのだった。
  が、

「…ルフィさんですか…?」
「おうっ。」
「風船みたいになれるんですね…。」
「おれァゴムだからよー。」
「…空気、抜け切って…ナイデスヨ…」
「いんや?もう全部抜けたぞ。」
「なんで私より身長が高くなっているのデショウカ…」
「おお、元に戻ったからな!」
「もと…」
「おれこの歳がホントの歳だかんな!しししし!そういや向こうで言って無かったなー!ごめん!」
「そうなの…あ、は、はは…」

  ぐるぐると巻きつけられた腕は解かれたが、ルフィの腕はなまえの肩へと回されていた。まっすぐ一直線に、こんなに目の前に自分より背の高いおとこの人が自分を嬉しそうに見つめている。
  この、口角を目一杯上げて笑む表情はまさしくルフィだ。

「で、ルフィ、そいつは誰なんだ?敵か?」
「てかどこ行ってた。」
「おお!そうだそうだ!皆に教えねーとな!おれ『不思議世界』に行ってたんだよ!」
「なんじゃそりゃ!」
「こいつはなまえだ。おれのおんなだ!」
「「「意味分かって言ってんのかテメー!!?」」」
「お、おんな、って、」
「間違ってねぇだろ?」

  な、なまえ。
  そういって、頬を包んだおとこのてのひらは、あたたかかくて。そしてあつかった。


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