Primeiro estrela de noite | ナノ

七話目

  もしもしお母さん?私。…うん、元気にしてるよ。ご飯もちゃんと食べてるってば。うん、そうだね…。電話ばっかりじゃなくてちょっとは帰らないとなぁって思ってマス。お父さん元気?うん、仕事お疲れ様って伝えといてね。お母さんは…?うん。…うん、そっか、よかった。
  仕送り…?ううん、いいよ。
  あのね、その。…お母さんに相談したいこと、あるんだ。いい…かな?うん、ありがとう…。
  あのね、私、好きな人ができたんだ…。年下…で、笑顔がとっても素敵なひと。
  その人も…ね、私の事…その、ハイ…好きだって言ってくれて。すごく今しあわせ、なんだ。
  …おかあさん。私ね、私…その人と一緒に居たいの。隣に居たい。でもその人ね、帰らないといけなくて。ずっと遠いところ…帰ったら多分もう二度と会えないところなの。
  私…私ね、一緒に、行きたい…。
  え?名前…?…ルフィって言うのよ。






「お、鳥だ。」

  雲ひとつない空を悠々と一羽が飛んでいた、風はそよかでルフィは一人のんびりと屋根の上を独り占めしているのだった。
  なまえは朝方から電話を彼方此方に掛けていてルフィがこんな場所に腰をおろしているなんて知る由も無い。
  ここから見えるのは幾らかの町の風景と、なまえの後頭部と、それからあの庭だけであった。

「…あ。」

  不意にルフィは短い一言をその口から転がし出す。聞く者によってはなんとまあ間延びした気の抜けた声だと揶揄するか、或いは静かに何をそんなに『身構えて』いるのかしらと勘繰るか…少なくとも凡人には悟れぬ素振りであった。
  真っ直ぐに向けられているのは、町へと続く一本道だ。

「おいそこのおまえ!」
「…ん?…んん!?」

  晴天に響き渡る子どもの声、何処を見る訳で無くぼんやりとなまえの家を眺めていた青年は大袈裟なくらいビクッと肩を揺らしてしまうのだった。不意打ちで、先日とんでもない発言をした恋敵の独特の声音がしたのだからむべなるかな。
  おまけにその子どもが文字通りびゅわん!と屋根の上から飛び降りて来るのだ、素っ頓狂な声が出る。…なまえが講義に出ていなくて、連絡も付かなくて『同級生』として心配でここまで来たのだがなんとも大仰な罠が仕掛けられていたとは。

「おわぁ?!おまえ大丈夫かっ!!馬鹿野郎怪我してないか!」
「平気だ、おれはゴムだからな!」
「いや意味わかんねえよ…」

  猫か猿かと言われる様な見事な着地であった。ルフィは目を白黒させている青年の顔をじい、と眺め「大丈夫だ!」と再度力強く言い放っている。
  何処も怪我をしていない(寧ろなんで怪我をしていないんだ?)と分かった青年は大きな溜息ひとつを宙に投げ飛ばし、「なまえが心配するぞ…」と投げやりに続けるのだ。

「なまえが心配してくれるのか?嬉しいな、それ。」

  馬耳東風か、暖簾に腕押しか。…はたまた何処ぞの螺子が一本二本緩んでいるのか。そら恐ろしいものでも見つけてしまった心情に囚われてしまった青年に気楽な風貌のルフィは「おまえに言いたい事があったんだ」と告げるのだ。

「なまえがきっと付けねェといけないケジメだろうけどな。おれも言わねェといけない。」

  険しい顔をしているのではない、敵意を剥き出しにしているのでもない。しかし有無を言わさぬ一直線の眼差しだった、真っ直ぐな声であった。

「なまえはおれが連れて行く。」
「何処に。」
「おれの『海』に、だ。」
「おまえの都合でか?それは、自分勝手って言うんじゃないのか?…なまえが、泣いても、連れて行くのか?」

  眉を寄せた青年にルフィは僅かに語尾を緩めるのだった。こたえを乞うている幼子に目配せしている様な、しかしそれは言い換えれば「…自分で考えてみろ』と指差している素振りにもみえた。

「おれはなまえじゃねェから、なまえがどんな顔するかなんてわからねぇ。泣くのかもしれねぇし、笑うかもしれねぇ。けどおれは絶対に幸せになる自信がある!」
「おまえがかよ。」
「泣いても、笑っててもなまえならどれだって構やしねェよ。どれもみんななまえだ。『おれのなまえ』だ。どんな時でもなまえが大好きだって言う自信もある!」

  二心などあるはずもない、これが己の『かたち』のひとつであある。とまさに言い切った口調であった。
  ひたむきで、それで子どもっぽくて。しかし苛烈であるに違いないルフィのありように…青年は二の句を忘れてしまう。

「だからなまえはおれが連れてく。」

  おれは言ったからな。おまえおれに言いたい事あるか?と言い締めくくったルフィに青年は晴天に似つかわない溜息混じりを吐くのだ。

「めちゃくちゃあるに決まってるだろ。」
「おお、そうか。」
「でもかっこ悪いだろ、それをおまえに言うの。」
「そうか?思わねェよ、おれは。」
「歳上としてのプライドってもんがあるんだよ。」
「ししっそうか、プライドか。」
「いや…なんでそこで笑っちまうかな…プライドの意味分かるかちびすけ。」
「誇りだろ?男の誇りだ。」
「…あァ。」

  諸手を上げて降参した、情けない男のプライドさ。それを喉の奥で噛み潰し、台詞を力が抜けた様に呟く青年の顔は…妙に穏やかでどこかすっきりとしていたのだった。

「なまえを大事にするんだぞ。あいつ我慢ばっかりするタイプだから。」
「分かった、我慢させねェ!」

  おめーイイヤツだなァ、とルフィが笑う。
  彼がこうして『此方』に居るのも残り僅かだ、そして母親と最後の会話を電話越しにしているなまえもまた。

  もうすぐ、昼がやってくる。そして青い、海へと続く道が現れるのだ。


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