Primeiro estrela de noite | ナノ

六話目
「あ、消えちまった!」

  きらきらと輝く光は暫くすると蜃気楼のごとく薄れ消えてしまった。元々蜃気楼じみたモノ、なのかもしれないが微かな潮騒は消えてしまってからも未だに鼓膜の奥にこびり付いていた。

「…もしかしたら、明日も現われるかも…」

  驚く声を上げたルフィとは対照的にどこか呆然としたまま呟くなまえは更に言葉を続ける。明日も同じ時間にこうなるかもしれない、今までこの時間帯は外出してたから気がつかなかっただけかもしない、と。

「ホントかっ!?」
「あくまで、可能性のひとつ、としてだけど…」

  ぬか喜びをさせてしまうのかもしれないと、自分の考えなしな物言いに気付いたなまえだが、ルフィは「なら明日またこの時間だな、」など小ざっぱりした眼差しで『ありきたり』の庭を眺めるのだった。

「…」
「どーしたんだなまえ?」
「うん…」

  てっきり「ここで待ってる!」と言うとばかり。なまえは一瞬別人に見えてしまったルフィの黒髪ただ見詰めてしまうのだった。子どもらしからぬ顔とでも言おうか、兎角ルフィは真っ直ぐな視線を瞳に湛えたままだ。

「あした、」

  明日が来なければいい、と心で自分勝手を言いごねる女がいる。ルフィが元の世界に帰る事を嫌がる自分がいると認める様なものだ、それは、そんなことあってはならないのに、彼は夢を叶えてこそ『モンキー・D・ルフィ』なのに。
  なまえは頭を振って悶々としたそれを消し去ろうとしたが、それはベッド中に入っても心に爪痕を残してじくじくと痛み、存在を主張し続けていた。
  『一緒に来い』と言われたのは一度きりだ、その場で断れなかったのは…きっとそれだけルフィの存在が自分の中で大きくなっていたのだろう、こんな形で証明されるなんて、思いもしなかったけれども。
  さようなら、お元気で。仲間の皆さんによろしくね、私の家に来てくれてありがとう。好きになってくれてありがとう、こんなにもあたたかい想いを私に与えてくれて、ありがとう。…明日帰るのならそうやって、笑って見送らなけば、本来は。
  あの明るい笑顔を曇らせてはいけない、大好きなルフィだから。
  布団を被って瞼を硬く閉じるなまえははぁ、と溜息をつくのだ。

(恋をしてしまったから、もうどうしようもないの。)

  泣いてはいけない、いけない。
  なまえは熱くなった目頭を誤魔化す様に寝返りを何度も打つのだった。








  さて次の日。『同じ時間』。
  なまえの『女の勘』が冴えたのかどうかは預かり知らぬところであが同じ時間同じ光景が広がっていた。青い光は南国のコバルト・ブルーを掬い上げた色そのもので、緑が広がる小さな庭には似つかわない。

「すげぇ!なまえの言ったとおりだったぞ!」
「…!!」
「なまえ?」
「あ、うん、ごめんね、よく聞いてなかったの…」

  なまえは視線を奪われてしまったのか、青い輝きばかりを眺めている。これでルフィは帰れるのか、そうかよかったじゃないかルフィが『ルフィ』として生きる場所はここで無い。

「なー、なまえ。」
「うん。」

  そのまま『今日晩メシなんだー?』と続きそうな声音でルフィは立ち尽くすなまえの瞳を覗き見る。

「おれは海賊なんだけどよー。」
「うん、そうだね。海賊の王様になるって教えてくれたね。」

  ルフィは今日とは違い慌てる調子も無く。昨日と同じ黒髪を申し訳程度に吹く風に靡かせていた。
  木漏れ日がさざめく。

「攫っていくぞ。」

  青い光はまだ消えてはいない。ルフィの意思と繋がっているのか、さてそれは分からないがコバルト・ブルーはくっきりと存在を示したままだった。
 
「海賊だからよ、なまえを諦めねぇ。諦めるくらいなら、攫う。」

  暢気な声の割には随分とまあ、凶暴な台詞だ。彼の本質の何処かにけものの牙でも潜んでいるのかいないのか…しかしそれはなまえにとってどちらでも構わないものである。

「ルフィ、あのね。」
「なんだ?」
「私ルフィより年上だから先におばちゃんになっちゃうよ。」
「どーでもいいよ歳なんて。」
「ルフィと一緒にいっても迷惑たくさんかけてしまうよ。…そんなの私すごく嫌なの。」
「迷惑ぐらい掛けろよ。」

  力の抜けた声音は、柔らかくなまえの鼓膜を撫でていく。短いルフィの言葉は両手を広げて愛しいひとを受け入れるさまにひどくよく似ていた。
  ほたりほたりといつの間に涙が生まれて、水の粒は円をかたち作り落ちていく。涙を零してしまうなまえにルフィは変わらず声を紡ぐのだった。

「なまえは幾つになってもなまえはおれのもんだし、ずっと綺麗に決まってる、涙だってこんなに綺麗だ。」

  手を握り、きゅうと力を込めたルフィになまえは泣き笑いでこたえていたのだった。

「行こう。」

  光がふるえている。青を見つめながらなまえは繋ぎとめられた手をそっと握り返したのだった。
  ルフィにとらわれてしまった、この手をもう離すことは出来ない。

「つれてって…」
「おゥ。」
「ルフィ…って…あ、」
「あ?あぁああ…っ?」

  二人して目尻を緩めている内に青い光が、ぷつりと消えたのだ。
  静かな雰囲気は一変、キョトンとしたまま一拍え?あれ?と小首をかしげてしまう。

「消えた。」
「どうして…」
「不思議光だからか?」
「…うーん、日によって消えちゃう時間が違う…とか?」
「成る程不思議光なんだな!」
「不思議、だね…たしかに。」
「じゃあ明日か。」

  昨日はこんな消え方ではなかった筈なのだが。ぽかんとするなまえとルフィは手を離す事なくじいっと緑溢れる庭を眺めてしまうのであった。
  明日、二人は青い輝きを通るのだ。


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