あれからルフィ君が口走ったとんでもない台詞について小規模な討論会が催された。会場はなまえとルフィお家、時間は夕飯前、煮込み時間を利用している。
議題を丁寧に説明するのは…勿論なまえである。こういうのはお嫁さんになる人、好きな人にしか言っちゃいけないよ、と座卓を挟んで家族会議。しかしこの会議は言葉が飛び交い踊るだけ。踊るのみ、残念ながら進みはしなかった。
「好きな人…。」
「そう。」
ルフィは好きな人好きな人、と小声で繰り返して暫く。なぁなぁ!となまえに問い掛けるのだった。
「好きな人ってどういう事を言うんだ?」
「えっ?」
「どう思ってたら『好きな人』ってなるんだ?」
それを私が説明しないといけない流れ?と…困惑するなまえではあるが、正直経験豊富では、無い。寧ろ無いに等しいのだが、目の前で小首をかしげる少年を放ったらかしにする訳にもいかずたどたどしく説明開始するのだった。
「その人を見るとドキドキしちゃって。」
「うん。」
「気が付いたらその人の事ばっかり考えちゃって。」
「おう。」
「その人が自分の事どう思ってるのかすごく気になってね、」
「おお。」
「一緒にいるとドキドキする癖にすごく幸せな気分になるんだよ。」
「…そうなのか、」
「他には、うーん、」
何とかルフィに分かる単語で説明しようとする。受け売りの言葉半分、持論半部でとつとつ話すなまえではあるが自分で言ってなんだか少女漫画の台詞になってしまった様で少々、いやだいぶん恥ずかしい。
「なまえはそういうやつがいるのか?」
「…まだ出会えてないかなぁ。」
「よかった。」
「よかった?」
「なまえにそんなヤツがいたらおれぶっ飛ばしに行かねェといけないから。」
過激な台詞だなあ、となまえは苦笑をすっかり顔に出してしまうのだった。そしてじいい、と穴が空く程眺めるルフィに気が付いて「どうしてそう思ったの?」と軽く聞く。
「分かったんだ。」
「なあに?」
「おれはなまえが好きなんだな!」
晴れやか、清々しい事この上ない。
「なまえが他のやつ見てドキドキしてるの考えたら…すげェ嫌だった!」
そして言葉はワルツを踊っていたのだが急にタンゴの曲に切り替わる。
一人で納得するのはルフィのみ。なまえはほっそりしてて、なめらかでずっとくっ付いていたくなるんだ。なまえが好きだからなまえが美味そうに見えたんだなァ…ととんでもない発言を恥ずかしげ無く言い切ってしまう。
「…。」
なまえはポカンと口を開けたまま。ルフィはさしてそんな調子のなまえなど気にするでもなくそのまま言葉通り抱き着いて、にかりと笑うのだった。白い歯が覗いて、堪え切れないのだろうへへっと小さな声を漏らすのだった。
「おれ、なまえが好きだ。」
自然にするりと出てきた声に、何より驚いているのはなまえの方だった。そうかそうだったのかと胸につっかえていた感情が溶けて、満足そうなのはルフィばかりでなまえは目を白黒させてしまっていたのだった。
「ちょっと、落ち着こう、ね、まずは離して欲しいな…?」
彼の好き、とは友愛や親愛では無い。それは、分かる確定している。友達にこんな言葉は普通選ばない、破天荒なルフィでもだ。
落ち着こうとは半ば自分にも言い聞かせている様なものだ。ルフィに語り掛けるなまえだが…突然ルフィは真剣な眼差しを向けるのだった。
彼は何よりも目で、感情を語る。
「離さねェよ。」
どこまでも真っ直ぐに見つめてくる少年の瞳の色は、深い。ごくりと喉を鳴らしてしまうなまえは両手を手持ち無沙汰に彷徨わせては眉を下げていた。同じ屋根の下で共に暮らす子どもだ、好意を向けられて嫌な気なんてこれっぽっちもない。
しかし、その感情が思いがけないものだったら?そしてその思いがけない感情でさえ、驚きはしたが…驚くだけに留まっている自分のこの気持ちは一体何なのだろうか。
「なまえ。」
余りにも強い視線になまえは捕らえられてしまった。動けない。名前を呼ばれたと思えばルフィが顔を近付けて、あわやキスされる!?と身構えたが…。
「腹減った。」
緊迫した空気に響く、ぐううと鳴る腹の音は言うまでもなくルフィのものである。再び「腹減ったあ、」と気の抜けた顔に戻った少年はそのままなまえの肩にしなだれかかるだけに留まった。
…そろそろご飯の時間だったね…と凝り固まった体をなまえは動かすのだ。一気に脱力してしまえば人は時として冷静になるものなのか、とそんな事を考えながら。