Primeiro estrela de noite | ナノ

一話目
「おれ、帰らねェといけない!仲間が待ってんだ!」

  必死で話す声は確かな焦りがあった。どうしてここに来たのか分からないまま、『空から落ちた』子どもの語る言葉を信じたのは…今から一週間近く前の事だ。

「落ち着いて、一緒に帰る方法を考えてみよう?私も出来る範囲なら何でもお手伝いするから。」

  今にも仲間を探し出そうとなまえの家の敷居を越え様とする…ダボダボ服の、麦わら帽子を被った少年の片手を握って、なるべく穏やかに彼が安心する様にと走り出そうとするのを止める。

「…ぇえ、ええええ…っ?!」
「あぁ、おれ、ゴムゴムの実を食ったゴム人間だから伸びるんだ。」
「うで、伸びた、腕が、」

  『彼の世界』、夢物語の様な話の数々が真実であると理解したきっかけはかの少年の腕がびよぉんと伸びた事だ。本当に人間の関節、というものが一切感じられないまでにするん!と伸びたこの感触は未だに忘れられない。

  これがなまえと、モンキー・D・ルフィと名乗った少年との初めての邂逅だった。
  海賊で、天真爛漫で、麦わら帽子がよく似合う、腹の底から笑う『少年』はこうしてなまえの家で暫くの間暮らす事となる。







  道なりに植えられたハナミズキの葉は青々と茂り、午後の一番眩しい陽射しを浴びていた。今日の講義はもう終わり、バイトに行こう、あそこのカフェのフラッペが食べたい…等々、学生達は学業にひと息ついていたのであった。

「忘れ物?」
「…うん、うっかりしちゃってたなぁ…。」

  木陰のベンチで隣り合って座り一組の男女が何やら話していた。歳の頃なら同じぐらい、困り顔で肩掛けのバックを漁るのは女の方で男の方は「どんまい」と小さく苦笑いを浮かべていた。
  何忘れたのか、と聞けば辞典、と返る。

「もしよかったらさ、」

  俺と一緒に使う?と言葉を選んだのは、高校生からの付き合いであるから赤裸々な思春期の真っ只中にいるから、その他諸々。
  要約するならば、もっとこの焦れったい関係を一歩前進させたいが故、である。若人はお年頃なのだ。

「午後、一緒しな「なまえー!なまえ、なまえっ!!」

  台詞を掻き消された、と眉を顰めるよりうわなんだビックリした!と驚いた方が大きかった。背後から聞こえる声に女も…なまえもまた驚く。
  自分を連呼する声の大きさ、にではなく言葉を発している『幼い少年』そのものにであるが。

「え、ええっ?ルフィ、どうしてここに…っ?!」
「しししっ、」

  瞳をまん丸にしてしまったなまえのその顔がお気に召したのか少年は全速力で走って来てベンチの前、なまえの目の前で漸く足を止めた。そしてん!と瞳の前に小豆色の辞典を突き出しては「これいるって昨日言ってたろ!」と達成感から生まれた笑みで顔をいっぱいにしていたのだった。麦わら帽子が動くリズムに合わせて上下に揺れている。

「あるがとう…よく覚えてたねぇ…。」
「なまえが言った事は忘れねェようにしてるんだ!」
「道、よく分かったね。初めてでしょう大学(ここ)来たの…。」
「走ったらすぐだ、すぐ。」
「うん、確かに近いけど…。」
「なまえの大学何処か分かんねェからオッサンとかおばはんに聞いて来たんだ。」

  『不思議箱』ともぶつからなかったぞ、と聞き捨てならない台詞で締めくくって少年は辞典を受け取るなまえにばふっと抱きつくのだ。

「お疲れ様でした、ありがとうルフィ。」
「ししっ、」
「これからルフィはどうするの?」
「おんもしれーのがあるかもしれねェから、冒険する!」

  おんもしれー、とはつまり学内の事だろう。好奇心の塊であるこのルフィという少年は抱き付いたままなまえを見上げウキウキそわそわと瞳を輝かしていたのだった。

「…じゃあ私もお供してもいい?」
「おうっ。おれが隊長でなまえが副隊長だ。」
「はあい、ラジャーです隊長。」

  とんとん拍子に会話を進めていれば蚊帳の外となっている彼から「待ってくれ」と合いの手が入る。さもありなん。

「おまえ、」
「おまえじゃねェ。おれはモンキー・D・ルフィだ!」
「もんきー?サル?」
「ルフィ、が名前だよ。」

  助走を目一杯つけた自己紹介に思考が追いついていない彼になまえが微苦笑をしながら注釈をいれてやる。

「だ、誰この小学生。」
「私の家で一緒に暮らしてる子なの。」
「なまえ、一人暮らしだろ?」
「うん。今はルフィが来て二人暮らしだけどね。」
「え、まじ。」
「一週間くらい前か「なまえー!腹減ったー!」

  はあいなんですかー?と間伸びするなまえの声は苦笑していて眉を下げてしまっていても嫌だ、とはちっとも思ってはいない雰囲気であった。

「ちょっとだけ待っててね?」
「えー、おれ暇だー…むー。」
「きゃ、ルフィ、くすぐった、だめっあはは、」

  待て、と言われたのが不満だったのだろうかルフィは頭をなまえの腹に押し付けて腕を腰に回す。
  会話を遮られた彼の方が「少年、人が話してる時は待つのがマナー。」と口走っても素知らぬ顔でへーそうなのかーと右から左に流しただけである。基本無視、そして素っ頓狂かつ投げやりな返答になまえさえも苦笑してしまうのだった。

「早く行こうぜ!きっと見た事ない肉があるんだ!」
「…学食に何かあったかなぁ。」
「マジで一緒に行くの!?」
「ルフィを一人に出来ないし。…あまり不自由をさせたく無いの。」

  二言目は微かな声でなまえだけが聞こえる音量であった。それから取り繕うように「折角持って来てもらえた辞典だけど、一人で道歩いてたら危ないしね。」と小さな頭撫でる。

「つ、次の講義は?」
「単位足りてるから大丈夫。心配してくてありがとう。」

  なまえが講義をフケるなんて初めて見た、と空いた口をそのままに彼は手を繋いで歩いて行ってしまう二人を眺めるばかりであった。
  あの少年は誰だ、なまえとどんな関係があるのか、ルフィって事は外国の子どもか、といったところにでそろそろ脳みそがオーバーヒートを起こしてしまうのだった。

「肉が一番だけど、ロボもいいな!でけー建モンばっかだから秘密兵器が隠されてるんじゃ無いのか!?」
「ロボは…無いと思うなぁ。」
「何っ?!」

  そうか無いのか、としょんぼりする少年が随分と可愛いらしくなまえはついつい甘やかしたくなってしまうのだった。確か帰り道のスーパーにテレビで放送している戦隊物のお菓子付きおもちゃが売っていた筈。

「スーパーにならあるかも。」
「『デカ店』にか!」
「うん。」
「よし!行くぞなまえっ。」

  くるくると変わる表情が眩しくて堪らない。ルフィは両手でなまえお右手を掴むと「早く行こうっ!」と彼女を急かし盛大に腕を引っぱって歩くのだった。








「ついでに夕ご飯の材料も買っちゃおうね。」

  到着したスーパーはご機嫌なBGMが響き渡り、ルフィが押したいと主張したカートのカゴは真っ先にお菓子売り場に向かって行った。戦隊もののロゴがでかでかとプリントされた箱が一つ入って、さて次は精肉コーナーに行こうか、となまえはカートの運転手に告げるのだった。

「今日は何が安いかな。…あ、とり肉が特売。」
「とり肉は美味いなー。」
「ん、じゃあ今日はチキンソテーにしよっか。」
「んまほーだなー…。」

  恍惚の眼差しで想像しているのはまだ見ぬ夕飯であろう。なまえはくすりくすりと微笑んでとり肉が入ったパックをひとつ、ふたつとカゴに入れるのだ。ルフィは大食いなのでボリュームがあるものを喜ぶ、とり肉はまったくもってうってつけだ。

「なまえの飯は美味いから好きだ!」
「ふふっ、ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐がありますよー。」
「なまえが飯作ってるトコを見るのも好きだ。」
「ありがとう、いっぱい褒めてもらえちゃったねぇ。」
「なまえのは特別なんだ。」

  目を細めてにか、と笑うその姿は相変わらず太陽のようだが騒がしさはナリを潜めていた。心情全てをなまえに注いでは「なまえが作る食いもんはおれがみーんな食うんだかんな!」とガキ大将が言いそうな台詞を吐く。

「私も美味しそうに食べてくれるルフィが好きだよ。」

  あくまで軽い口振りでなまえもルフィに合わせてみっつ目のパックをカゴに入れる。子どもの台詞だと思っているのか深い意味を持たそうとはしなかった。
  しかしルフィは何故かむっとして歩みを止めると「なまえ!」と彼女を呼び声に驚いた顔を見上げるのだ。

「おれの方がもっと好きだぞ、なまえの事食べたいぐらい好きだ!」
「たべっ、」

  大きな声で隣の鮮魚コーナーのその先にも響き渡りそうだった。幾人かの他の客すらギョッとして『少年』が言い放った言葉を脳内で繰り返している。
  食べるって、食べる?
  あぁ、よく男の人が使うよね女の人に向かってさ。
  真顔でも冗談でも、ドン引きされたり失笑さたりする、中々
難易度の高い口説き文句だよね。
  とまぁ、こんな感じの台詞だろう。なまえもカマトト振る気は無い、意味が二つあるこの台詞をどうしたものか。

「る、るふぃ、ルフィさん?」
「なまえ、トマトみてぇになってら。」

  いやそれよりもこの注目の的をどうしたものかと様々な感情をごった混ぜにして耳を真っ赤にしてしまうなまえであった。
  頭の中はここはスーパーの中場所は精肉コーナー前。とリフレインである、あくあくと口を動かしてその真意を考えるがルフィが子ども!と思い直し…そして少年の一直線の性格を振り返り深い意味はない…筈と結論付ける。

「…ありが、とう?…ありがとうなのかなコレ…。…えっとルフィ、私食べても美味しくないよ。」

  そもそも人間は食べ物じゃないよ、とぎこちなく笑って乱れてもいない髪を撫で付ける。
  クエッションマークを浮かべるのも、周りの視線を意にも介していないのもルフィだけで「そうか?」など呟いて小首をかしげていたのだった。

「唇とかやーらかそうで甘そうなのになァ。…なァ今度かじってもいいか?」
「…。」
「なまえ?」
「え、えーと、ですね、何から説明しましょうかルフィくん…っ、」


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