十万ヒット企画「ふりりく。」 | ナノ


神社の娘さんと凶悪面


※not長編主


  未確認飛行物体を見たことは無いし、ストーンヘンジについて真面目に考えた試しは生まれてこの方一度も無い。例え両親共に考古学者であろうと、だ。
  だからといって私の目の前に不可思議な出来事など何一つ起こりはしないと、思い込んではいけなかった。
  来る時は来る。
  例えるなら…そうだ、彼らはUMAだ。





「…ただいまー。」
「おゥ。…なんだそりゃ。」
「…ゴミ。」

  日付の変わる前二十三時うん分。四リットルのゴミ袋を玄関の隅に雑に置いてなまえはビーチサンダルを脱ぐのだった。たまたま廊下を歩いていた、図体の大きい青年の顔を見てハァ…ととびっきりの溜息をついたのだった。

「人の顔見て溜息とはイイ趣味だな。」
「溜息だってつきたくなるよ…見てこれキッドこのゴミの量。」

  玄関に鎮座する半透明の中にはビールの空き缶、割り箸、丸まったラップその他エトセトラが十把一絡げに詰まっていた。
  分別はどうしたんだおまえいつもおれらに口酸っぱく言ってるじゃねェか、と名前を文句に混ぜ込まれた青年は何とも言えぬ顔になった。

「それよりなまえ、どこ行ってた?」
「境内。変な声がするってクロコダイルさんが言ってたでしょ?」
「聞いてねェ。」
「…あぁ…そう…」
「夜に外出んじゃねェよ。」
「目の前だからいいかなーって。後、朝がえらいことになりそうだから。」
「野良犬か?」
「この辺はカラス。」

  てくてくと道すがらを共にして居間の方へ向かう。なまえは歩きながらこの家の、男性陣の協調性の無さに遠い目をするのだった。キッド含めてこの家に居候する面々は全員『おれがリーダーだ文句は認めねェ黙って付いて来い!』タイプばかりだ。譲り合いの精神を早々に投げ飛ばしてトドメとばかりに踏み潰した男共だ。

「…溜息ばっか出してもなんにも解決しないけど、出るもんは出るのよ由々しき事に。」
「シケた面すんな。」
「キッドが麦茶持ってきてくれたら治るよ。」
「しかたねェヤツ…」
「やった。」

  彼らの性格を目の当たりにして久しい。悪い人(なんたって海賊だ!)ではあるが『無意味に危害を加えようとする人』では無い事もよくわかっている。…が、ついついなまえは『もうちょっと協力し合ってくれたら苦労が減るのに…学校から慌てて帰らなくていいのに…』と嘆くのだった。委員会で帰りが遅くなった日に『三人揃』って『お迎え』に来て、えらい大騒ぎになったのは今だ脳裏に焼き付いている。
  なまえ、花の中学生。日々に刺激が欲しいと思った事は多々あるがいきなりダイナマイト級は刺激が強過ぎた。

「おかえりィ、なまえチャン。」
「はいはい。ただいまドフラミンゴさん。」
「『ドフィ』でいいのに。」
「年上に向かってそんな恐れ多いー。」

  最新モデルのパソコンの向こう側でニヤニヤわらうこの大男がこの三人の中で一番『ワケガワカラナイ』人間だ。それでも律儀に声を返してなまえはソファに腰を降ろしたのだった。因みにキッドは隣の台所に麦茶を取りに行っている。

「…何してたんですか?」
「株。」
「ドフラミンゴさん、ご職業は『海賊』でしたよねたしか…」

  即答された内容と適応力の高さに感嘆すればいいのやら戦慄すればいいのやら。そもそもそのパソコンは何処から見繕って来たのか頭を捻っても答えが出ない。

「儲かったらおもちゃ買ってやるよ。」
「はあ、どうも…アリガトウゴザイマス…」
「フッフッフ!」

  ご機嫌だなぁとなまえが眺めていれば、背後のドアがガチャリと開く。キッドか?と思って振り向いたが…予想は大きく外れ、黒髪がにゅっと現れる。

「クロコダイルさんの言った通りでした。境内やっぱり人来てました。」
「出くわしたか?」
「いえ、会いませんでしたけどゴミが散乱してて。すぐ片付けられてよかったです。」
「不用心なお嬢さんの役に立てて何より。」

  夜中に一人で出歩く危機感の無い、という台詞は喉の奥に仕舞い込んで「朝に行動する考えは思い付かなかったのか?」と口角を僅かに上げて問う。

「…朝だとカラスが荒らしてるんですよ。」

  父の書斎から失敬したのだろう。洋書片手にフン、と鼻を小さくならすもう一人の大男になまえは肩を竦めてみせたのだった。口から出る言葉はいつも皮肉たっぷりしかしなまえを当人には悟らせない程静かに気にかけている男なのだ、このクロコダイルという男は。

「マメだな。…おら麦茶。」
「ありがとキッド。一応管理人みたいなもんだし。」

  台所からグラスを二つ持って現れた青年に『これも仕事。』と小さくおどけてみせる。なまえの家は世間一般の家庭とは少々かけ離れているのだ、ひとつ両親が考古学馬鹿。ふたつ実家が神社。みっつ件の両親は発掘作業かなんかでただいま海外出張中。
  浮世離れした学者が両親、となるとどう転がってもその子どもはしっかり者に育ってしまうものだ。

「さァて、誰がおイタをしたのか…。」
「…たぶん近所の不良かと。クラスの男子がカツアゲされたって聞きました。」
「そりゃこわい。」

  言葉と声音がちぐはぐの台詞になまえだけが反応して苦笑いをするのだった。他二名は趣味の悪いイイ歳をした男に興味は無い。それぞれ麦茶を煽り、洋書をローテーブルに置いた。
  ドフラミンゴはパソコンをシャットダウンすると、しっかり者でそしていつも背伸びばかりしている少女の頭を撫でてやるのだった。
  一丁前に振舞おうとする子どもは見ていていじらしく、そして構い倒してやりたくなる。

「なまえ振り払え。爛れた性癖が移るぞ。」
「おまえ程じゃねェさ鰐野郎。」

  撫でられているなまえ本人でも無いのに、おぞましい物を見たかの様にクロコダイルが唸る。自分がイイコイイコされている訳では無いのにその面持ちときたらここ一番の凶悪面だった。
  勿論そんな顔を見て慄くのはなまえばかりである。

「あー…力加減は豪快ですけど、嫌だなとかは思いませんよ。お父さんに撫でられてるみたいで。」
「フッフ、お父さんときたか。」
「…よかったな『お父さん』!」
 「お口の悪いクソガキはさしずめ、ニートポジションだなァ。」
「あ?ニート?」

  ニートの意味がわからないキッドから質問を受けない様にそっと視線を逸らしたなまえは、訪れたお開きムードにようやっとひと心地ついたのだった。
  また不良来なきゃいいけど、と困り声で呟きながら。






「…で、だ。オッサンらどうしてここにいる。」
「なまえチャンに褒めてもらいたくてなァ!」
「おまえらはおしゃべりをしたくてここに来たのか…?」

  時は深夜、ちょうど日付が変わる前だ。最近は夜でも寒さ厳しく無く…だからこそ人目に付きにくい境内が選ばれたのだろう。
  社の石階段を椅子代わりに、ゴミ屑をはべらせてくっちゃべる赤ら顔、その数両手で数えられる程。
  酒に飲まれて管を巻いて、素面であるならビビって逃げ出す筈なのにガンを飛ばしてくる男三人組みに「ンだよ、こるァ」と凄みをきかせていた…のだったが…。

「おれの可愛い可愛いお嬢チャンを困らせるんじゃねェよクソガキ…!」

  まあ、ここから先はなまえの預かり知らぬお話である。

「最近不良の噂全然聞かなくなったんですよ…。カツアゲもピタッと聞かなくなって…。」
「そうか。」
「…それに最近キッドと買い物に行くとヤンキーから注目を浴びるんです。『兄貴…!』みたいな視線ですよ。」
「そうか。」
「何かあったの?と聞いてみてもはぐらされて…クロコダイルさん何かご存知ですか?」
「粋がりたい盛りのガキなんて放っておけ…。」
「はあ…。」

  最近起こったあらましに頭を捻るなまえにクロコダイルは『あの夜の境内』を思い返す。赤毛の若造がイキイキとしていた。フラミンゴ野郎のわらい顔が気色悪かった。
  おまけにあのガキ共と『戯れてやった』理由が三人同じだというのも虫唾が走る。

「さてどうやって攫うか…」

  残り二人の鼻を明かしてやるのを考えながら、瞬きをするなまえの頭を撫でてやるのだった。
  


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