十万ヒット企画「ふりりく。」 | ナノ


赤髪の願望


  薔薇が咲き誇る空の下。麗らかな陽射しは心の隅まで明るく照らし、上機嫌を道ゆく人々に陽気に配り回っている。
  そよ風に赤い髪をなびかせて小柄な可愛い恋人とゆるりと歩けば普段の、騒がしさを大層好む己の気質を疑ってしまう程長閑なひと時に浸ってしまうのだった。
  これはそんな晴れやかな春島の話である。

「シャンクスとお出かけできて嬉しいなぁ…。」

  『こちら』に来たばかりの頃より遥かに体調の良くなったなまえにデートを申し込んだのはシャンクスの方からだった。そこそこに人通りの多い道沿いを歩いて(幾人かが赤い髪を見てギョッとしたが本人は至ってどこ吹く風だ)二人だけのおはなし、というものを楽しんでいた。
  花が綺麗だ、珍しいお菓子だ、他愛ない遣り取りをして「いつもありがとう。」となまえが瞳を潤ませた辺りでシャンクスは辛抱堪らなくなったのだった。
  どうしてくれようかこの可愛い過ぎるお嬢さんは!
  抱き締めて小さなお口を塞げばいいんだな、という考えに至った頃合いである。

「おかぁさーん…ど、こぉ…?」
「んっ?」

  まごうことなき迷子であった。ふくっとした頬は涙でくちゃくちゃ、ベソをかいているおちびさんに気付いたのはなまえの方が早く「ぼうず、母ちゃんと逸れたのか?」と聞いたのはシャンクスだった。

「お顔拭こうね?…一人で出来るかな?」
「うー…」
「はい、ちーんして。」

  くちゃくちゃになった顔までしゃがんだなまえはポケットティッシュとハンカチで優しく拭ってやって、それからシャンクスをおずおずと見上げる。何を言わんとしているのか、この男はよく分かっている様だ。瞳を細めて「了解だ」となまえに言うとおちびさんの頭をわっしゃわっしゃと撫で回してやるのだった。
  盛大にこねくり回されてすっかり泣き止んでしまったおちびさんは「おてて大きいねぇ、」と機嫌を上向きにさせている。

「ぼうず、おれらと母ちゃん探すか?」

  暫くなまえとシャンクスの顔を交互に眺めていたおちびさんだったが、こくんと一度頷いたのだった。
  シャンクスは破顔するとなまえと同じ様にしゃがんで「ほれ、乗れ!」とあっという間に肩車をさせてしまった。

「しっかり見ろよー。」
「はぁーい。」
「…ありがとうシャンクス。」
「他でもねェなまえのお願いだからなァ。」

  カラカラと笑ったシャンクスになまえもつられて微笑むと随分高くなったおちびさんに「お母さんは何色の服を着てるかな?」と柔らかく語りかけるのだった。






「おかあさんっ!」
「…!!」

  時間にすれば半刻にも満たなかったろう。おちびさんの嬉しさと驚きで出来た声が響いて、同じ表情をした女性が肩で息をしながらも駆け寄ってくるのだった。
  おちびさんをシャンクスが降ろしてやると小さな足をもつれさせながら女性、いや母親へと飛び付いていた。

「おじちゃん、おねえちゃん、またねぇー。」

  椛の掌を左右に降ったおちびさんにとびっきりの微笑ましさを覚えて、なまえは何度も零してしまった小さな笑い声をくすくすと漏らすのだった。
  それは寝ぐらの船に戻ってからも、彼女の話題の中心となっていてシャンクスは「ご機嫌ななまえは可愛いなァ、いや普段のなまえも勿論可愛いが」とジワジワ胸の内で噛み締めて、それから珍妙な心境を胸の内に転がしていた。
  船長室でボトルのラムを胃に流し込んでしまってからベッドに腰掛けたなまえの方へ向いて目を細めてやると殊更に喜色を浮かべていた。

「シャンクス手慣れてたねぇ。」
「手慣れ、あぁ、ちびすけの。」
「うん。お父さんみたいだったよ。」

  なまえはにこにことシャンクスを見上げると更に「シャンクスはきっと素敵なお父さんになるんだろうな。」と面持ちを綻ばせたのだった。
  ニカッと笑って、子どもをあっという間に泣き止ませた手腕といい大きな掌でわしわし撫でて安心させてやったといい、「理想のお父さん」像そのままだった。

「親父かァ。」
「ふふっ。」
「…なまえが『お母さん』になるのか…。」
「…。え…、」
「…なァに驚いてるんだ。それになまえも手慣れてたろ。ああいうのをお母さん、というんだろうな。」

  おれが親になる時はなまえも親になるに決まってるだろう。とキョトンとする瞳二つをじいっとシャンクスは眺めてやるのだった。

「お、おかあさっ、」
「おれのガキを産んでくれるのはなまえだろ?」
「あの、そうだけど、あっ、そういう意味じゃ無くて、」
「…あー、そうだな…そろそろ欲しいな。」
「ぅえ、なにっ?」

  シャンクスはにい、と口角を上げて実に楽しそうに大慌てになってしまったなまえの隣へと腰掛けた。ラムの匂いはいつもの事だが今日はひどく物静かに赤くなった頬を見つめていたのだった。
  艶やかな色の合間をぬって交じりっ気の無い透明の『真摯』が顔を覗かせている。
  
「こども。そろそろ欲しいな。」
「!」
「…あー、なまえはまだおれと二人っきりがいいのか?」

  そのままシャンクスに肩を押されたなまえは抵抗もせずにベッドに転がってしまった。見上げれば先程と同じ面持ちのシャンクスがいてすぐに二人の距離を全て無くしてしまった。くっ付いた唇を優しく食まれて、耳朶を甘く噛む。
  なまえはシャンクスに教わった通りに太い首に両腕を絡ませてから、わあわあと落ち着かない感情を喉から絞り出していた。

「その、シャンクスと、の赤ちゃん欲しいなって思ったことあるよ、」
「おお。そうか…」
「でももっと先かなとか思ってて、」
「今は欲しくないか?」
「…ぇ、と…」
「うん?」

  服の中を弄られ始め、なまえの体も心もどこかしこポッと灯火がついていく。首や鎖骨に口付けを施される音と小さな痛みが同時にして、しなやかに動く男に更に心を奪われていった。

「ご縁が、あれば…。」
「縁か。はは、確かに。」

  そして今度は深い深い口付けをされた。飲み干されては注がれていくのは、想いそのものでなまえは体を震わせたのだった。
  アルコールをまとった熱い舌がなまえの温度を上げていく、ラムの味がする…ラムの味はシャンクスから教えてもらった様なものだ。

「…んっ、いまから…?」
「あァ、今から。『ご縁』をちょっと引き寄せに。」

  太ももを何度も撫でられていく。ゴツゴツしたシャンクスの指の感覚になまえは切なさを募らせばかりだ。

「なまえの子どもなら、絶対に可愛いに決まってる。」
「シャンクスとの赤ちゃん、いっぱい甘やかしちゃいそう…」

  普段よりずっと繊細に、おとこの片手はなまえをほぐしてとろかしていく。服を脱がす時も丁寧に丁寧に…焦らすのとは違う眼差しになまえは心が締め付けられたのだった。
  この腕、この香り、すべてが誂えたように自分にかちりと当てはまり、このおとこのふところにおさまっていればおそろしい事柄など何も起こらないと安心してしまう。

「…ん、ひゃ…ぁく、」
「なまえ…」

  眉を潜めた、けれども声はいつくしみを湛えたシャンクスになまえはただ愛おしさで満たされていた。
  繋がったところの、その奥は何度もおとこの熱が弾けて自分が溢れさせてしまったものと混じり合っている。シーツが擦れる音と二人分の熱い吐息があっても水音は存在を主張して、殊更に熱を高めていった。

「なまえ、だいすきだ、」
「私も…す、き…。…ぁあ、あっ、あっ、」
「出すぞ…?」
「…ぅ、ん…っ」

  押し付けられる力が強くなって、シャンクスから零れ落ちた汗が頬に当たってなまえが流した涙と重なり一つの粒になっていた。荒い息は更に荒く、ベッドの軋む音は速まっていく。

「…く…っ、なまえっ、」
「…っあ、あ…!」

  熱いものがまたほとばしる。どくどくと心臓が大声を上げて、入っていた力がたちどころに抜けていった。それでもなまえのおんなはシャンクスからの全て熱を受け止めていた。

「シャンクス、もう私いっぱい…」
「ここにたくさん入ってる、」

  何が、とは言わずにシャンクスは体を起こし愛おしそうになまえの臍の下方を眺めていた。撫でたら溢れてくるかもしれない、と熱で弛んだ思考のままに自身を引き抜こうとも思わない様だった。
  なまえの奥の、更に奥まで己の熱が注がれていけばいいと切に切にこいねがっている。

「…疲れちまったか?」
「ちょっと、だけ…でもだいじょうぶ…」

  健気ななまえに内心笑ってしまう程ときめいて、シャンクスは愛しい女へと体を倒して抱き締めてやるのだった。こんなに柔らかな女が己の子どもを宿すのだと思えばシャンクスはひたすらに幸せだった。
  あたたかさにおちていく、そのさますら愛おしくて堪らない。



  余談であるが…この後『産み分け』たるタイトルの本に頭を突っ込んだどこぞの大頭が、どこぞの大きな帆船にてクルー達から胡散臭そうに眺められていた、らしい。
  


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