武人と幼馴染 ※not長編主 「おかえりー!」 「久しぶりだな、なまえ。」 キラーだー!本物だよー!と元気な声を高らかに、小花を幾つも散らしている様な飛び切りの笑顔を浮かべる彼女は一艘の船へと大きく両手を振っていた。出迎えているのは、なんと海賊船。通り過ぎる他の島民達も「またおまえらかァ。」と実に長閑な台詞をのたまうのであった。 小さな島の港に停泊する帆船は、年若い男を頭と決めた海賊船ただ一隻で残りは皆漁船ばかりだ。空の青に一滴、二滴と白を落とすのは海鳥達で殊更にこの島の緩やかな時間をかもしていたのだった。 「皆が帰ってくるとお客さんがいっぱいだ。」 「おまえは相変わらず妙な言い回しをする…」 「えへへへ、わたしらしくていいでしょ?」 「…違いない。」 クルーが一人また一人と船から下りて来て、そうしていれば金と赤の見事な色を持つ二人組が遅れて陸に足をつけた。 海賊船をこうもやすやすと入れる島があったものか、それも悪名高き海賊団を…と思われるが当然それなりの事情がある。話し出せば彼らの頭が如何に大暴れして自船が半壊したとか、長々と説明する羽目になるので今は置いておこう。 そんな笑い話を吹き飛ばしてしまう出来事があったのだから、こちらを話さねばなるまい。 『おまえ、なまえだろう。』 『えええ!うそっ、あなたキラーなのっ?!』 広い広い『南の海』。島の数知れど、かつて離れ離れになってしまった幼馴染と再開出来る奇縁があろうとは。しかもしかも海賊団同士の抗争の最中に、なんて。 島を荒らし、『キッド海賊団』に喧嘩を売った命知らず共は今や海の彼方か遥か底に消え去って、ようように騒ぎが収まった頃。仮面の男がやけに確信を含んだ声を島民の一人にかけていたのだ。 記憶の中で埃を被ってしまわない様に丁寧におもい返しては守ってきた、夢にまで見た日がこんなところで叶うとはとキラーは…勿論なまえも、その衝撃にわなないたものだった。 「みんな元気そうでよかったよ!」 「…皆、か…。」 「キラーに会えたのも嬉しいんだ。」 「おれもだ。」 『南の海』の幾つかの島を拠点にして、キッド海賊団は力を蓄えていたのだった。いつか来たる、グランドラインを目指す日…それまでは故郷の海の胸を借りておく。 「キッド君も久しぶりー。相変わらずムッキムキだねぇ。」 「てめェは相変わらず遠慮のクソも無ェな。」 「遠慮するなんてガラじゃないのよく知ってるくせに。」 「…おい、キラー、躾ぐらいちゃんとしておけよ。」 「こっちに来いなまえ。…いい子にしろ。」 「はーい。」 「…キラーには素直だな、てめェはよ。」 幼馴染らしくじゃれ合う二人(一人は少々分かりにくいが)を横目で眺めるキッド…この海賊団の頭は、この光景に鼻を鳴らすのだった。なんというか、らしく無い。右腕のこの男はもっとこう凶暴な性があった筈であるのにすっかり牙を抜かれた『ワンちゃん』状態である、なまえの前では。 この二人、これで恋仲でもなんでも無いのだからモヤモヤは膨らむばかりだ。ええい、さっさと押し倒すなり船に連れ込むなりしてしまえ、なまえが乗ったところでコイツなら野郎共も文句は言わないだろう。 喉まで出かかった声を単に音にしないのは…馬に蹴られるのは御免、それだけである。 「野郎共行くぞ、」 代わりの台詞を吐いて、キッド達一行はなまえが働くこの島唯一の酒場へと向かって行くのだった。酒場、といっても肴以外のメニューの方が多くテーブルについて暫くすれば樽のジョッキよりもチリソースとブラックペッパーの割合が勝っていた。 「キラーは昔小っさかったんだ。わたしとあんまし変わらなかったもん。」 「なまえは何一つ変わってない。」 「えー…ほら、こう、大人っぽくなったとかそんな感想は?」 「いいや。」 「えー…」 「昔から変わっていないから安心する、という意味だ。」 「へっ、え?ほんと?やった、キラーに褒められたよ、キッド今の聞いた?嬉しーなぁ!」 「そこはキラーに、『ありがとう』とでも言ってやれよ…」 「…その方が女子力高かった?でも喜び爆発しちゃったからなぁ。」 仔犬が尻尾を千切れんばかりに振っている錯覚すら見えてしまいそうな程にご機嫌になったなまえを、キラーはいちいち呼び付けては料理のオーダーをするのだった。店の従業員は店主とそのおかみさん、そしてウェイトレスのなまえで、やはりキラーはなまえばかりに声を掛けていたのだった。おまけに運ばれた料理にも目もくれず、きらきらと眩しい笑顔を隠れた瞳に収めていたのだから、周囲はとっくにお察しの様子である。 残念といえば…一番肝心ななまえにその真意が伝わっていないという事か。昔からなまえはにぶちんだ、今も昔も変わっちゃいない。 「…おーいなまえちゃん、もう今日は上がっていいぜ。」 キラーの『お熱』に勘付いているのは当然キッド達だけでは無い。マドラーをくるりと回していた店主は微笑ましさに負けて、おかみさんに「かまやしねーよな?」と答えの決まった問いかけをしていたのだった。 手が足りなくなったらオメーら勝手に取りに来い、とマドラーをお上品に舐めて出来たばかりのジン・アンド・ビターズを煽っていた。 「…とんでもない店だ。」 「ありがとございまーす!店主太っ腹ー!」 「物理的にもな。」 「うわっはっは!うるせェ若造共め!」 苦笑したキラー、そしてキッドはしかし気を悪くする事無くジョッキを空にしていくのだった。なまえはいそいそ自分の分と、なみなみ注がれたジョッキ二つを携えてキラーの隣に腰を降ろす。 「あ、おつまみ忘れた。」 呑気にほへほへ、頬を緩ませるなまえだったがそれとは逆に先程まで悠々と笑っていた筈のキッドの面持ちが険しくなっていた。 今だに気付かぬなまえはキラーに「おつまみ取ってこようか?」なぞひたすら緩さを漂わせている。 「…おい、なまえ。」 「へ?」 キョトンとした顔のままなまえは妙ちきりんな声を上げる。キッドが深刻な表情をしている、おかしいな何かあったっけ?と瞬きを一回二回と繰り返したが思い当たる節が見つからない。 「次の航海でグランドラインに入る。もうここには寄らねェ。」 「キッド…?!」 なまえに突き付けた台詞は唐突無く、キラーですら驚きの声を漏らしてしまっていた。 つまりは『南の海』を出て『偉大なる航路』に船出するという事か。過酷な海だと聞く、行ってしまえばおいそれと帰って来れる場所ではない未知の海。 「聞いていないぞ、キッド。」 「あぁ、今言った。」 「え?うえ、話についていけないんだけど、」 なんとキラーも初耳だった訳だ、通りで驚いている訳だ。キッドとキラーの顔を交互に見るがキッドの思惑は汲み取れず、キラーにおいてはすっかり無言になってしまっていた。 「だから腹括れキラー。」 それだけ言うとキッドはジョッキ一つだけ持って席から立ち上がってしまった。無情にも振り返りもしない。 「…。」 「…。」 キッドが別のテーブルへと行ってしまって、取り敢えずなまえは隣の男を振り仰いだのだった。仮面の向こう側で彼は何を考えているのだろうか。 「…近い内に、とは話が出ていた。」 「そうだったんだ…。」 溜息混じりの低音を観念した様に呟かれていく、顔を覆うそれの所為でくぐもってはいたがなまえの耳には届いている。「まさか今、急に、」とキラーは尚も声を零して口をつける素振りも無いジョッキをもて遊んだのだった。 「なまえ、グランドラインは危険な海だ。並の人間などあっという間に海の藻屑となるだろう、おまえを連れていきたいと望んだ事が幾度あったかわからないが…しかし、おまえは陸で、おれの帰り持っていて欲しい。いつになるかはわからないが、キッドを海賊王に押し上げた時には必ず戻る、必ず、」 「キッドー!わたしコックやりたいキッドの船でー!」 「いいぞー。」 「キッド?!」 ガタンと立ち上がったキラーを他所に、片手を軽く上げてひらひら動かす我らが船長はなまえにあっさり許可を出してしまったのだった。ただの島民のなまえであるのをよく知っている癖に、だ。 「いやー。わたしさ、キラーと会えなくなるのは流石にちょっと嫌だなと思ってさ。」 「短慮過ぎる。」 「だって、うーん、なんて言えばいいんだろ…?キラーがいない時ね時々胸がぎゅうって苦しくなるんだよ。」 「…それは…」 「会えない日が長くなる度にもっと苦しくなって、誰に聞いても原因教えてくれないんだ、『キラーに聞いてごらん』って言うばっかり。」 「な、」 「わたし、キラーがいなくなっちゃったら、このままだと心臓潰れちゃうよ。」 「…、」 意味をわかっていって、いるのか、と肩を鷲掴んで問い質してやりたい今すぐに。いやこの調子ならばなまえ本人は自分がどんな爆弾を己に叩き落としたのかわかっていないだろう。 今も昔も、なまえはやはりにぶちんだった。 「一緒にいればさ、わかるかと思うんだ!大丈夫だよ邪魔にならないように隅っこにいるし、戦いの時は倉庫の奥の奥に隠れてるから。」 「…はァ…。」 「キラー、ごめん、でも一緒がいいんだ。」 「…。」 「お願いー!」 「…荷物を早めにまとめておいてくれ。うちの連中は頭と同じ、気紛ればかりだ。いつ海に飛び出すかわからない。」 一字一句を聞き逃さず、なまえは全身で喜びを露わにするのだった。頬は忽ちに染まり、瞳は幼い頃のまま純粋にきらきらと輝いていた。 「やったー!わたしも一緒にいける!キラーと行けるよ!」 「おれら、とだろうが。」 「ついでにキッドと皆ともー!」 ついでかよ!とクルー達が盛大に笑って、よかったなァなまえ。と新たなクルーを迎えていたのだった。 「早速準備してくるからね!」 「今からか、なまえ。」 「善は急げ!」 「そうか。」 立ち上がったなまえは仔犬がはしゃいでいる様な雰囲気のまま「皆また後でね!」と言って走り出してしまった。一も二もなく自宅へと向かったのだろう、夜道は危険だとキラーもまた幼馴染の背中を追うのだ。 「…あれでくっ付いてねェんだからなァ。」 キラーも外に行って暫く、本心を漸く口にしたキッドは、結局キラーが飲まなかったジョッキを手に取って一気に煽ったのだった。
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