あり得ないこと
「で、結局お前は好きなのかよ」
「は?」
「とぼけんじゃねぇよちひろちゃんのことだ!」
唐突に、倉持からちひろが好きかなんて聞かれた。 好きだと肯定する気はないし、かといって否定する気もない。
「…お前が俺はちひろが好きだと思うんなら好きなんじゃねーの」
「ケッ…はっきりしねぇ奴だな。そんなだと他の奴に取られんぞ」
取られる?ちひろが? そんなのあり得るわけがないだろ。
あいつに仲のいい男友達はいない。 強いて言えば、俺くらいなもんだろう。
そんなあいつが、俺の知らない誰かと付き合うだって? 寝言は寝ていってほしいもんだ。
「取れるもんなら取ってみろって話」
「なっ…テメェのその自信はどっからくるんだよ!」
「はっはっは、さてどこからだろうな」
昔から俺にはちひろしかいなかったように、ちひろも俺しかいなかった。 それが急にいなくなってすぐに切り替えられるほど器用じゃない。 俺も、あいつも。
それに毎日連絡取り合ってるんだぜ? こんなの、興味ある相手じゃないと続かねぇだろ?
野球のこと全然知らねぇのに、たまに応援にだって来てんだぜ。 ここまでされたら、男なら誰でも自惚れるだろ。
あり得ない。
ちひろが他の男を好きになるなんてあり得ない。
…そう言って俺は、まるでちひろを独占しているかのような錯覚に陥っていた。
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