昔と同じこと
部活中はさすがにちひろのことを考えてる余裕はなかった。 と言ってもふとした拍子に頭の中をよぎることはあったわけだが。
帰ったら、すぐにメールしよう。 直接会って話がしたいと。
そう心の中で決めて、残りの練習に専念した。
「お疲れっしたー」
7時を過ぎて、ようやく部活が終わった。 そそくさと着替えて荷物をまとめる。 そんな俺の様子を見ていた倉持はにやにやしていたが、今は倉持に構っている暇はない。
今すぐにでもメールをしたいがここじゃあ誰かに邪魔されるかもしれない。 つまり誰よりも先に寮に戻ってからメールをするのが得策。
「…って、あれ…ちひろ…?」
寮へ向かって歩いていると、入り口付近に人影が見えて、目を凝らして見てみると部活帰りらしい格好のちひろがいた。
「あ…御幸、やっと部活終わったんだ」
「…何、やってんだよこんなとこで」
さすがの俺もなんで今目の前にちひろがいるのか分からなくて、とりあえずここで話してるのを誰かに見られるのは面倒だと急いで荷物を置きに行く。そしてちひろを家まで送ることにした。
「…ごめんね、御幸。寮の前まで押しかけちゃって」
「まあ、いいけど。…何かあったのか」
「…顔、見たくて」
急に立ち止まったちひろは俺の背中に頭押し付けてきて、左手は服を掴んだ。 俺は何を言うでもなく、何をするでもなく、その場に立ち止まる。 少しして、ちひろはゆっくり離れて小さく笑いかけてきた。
「えへへ、いきなりごめん」
「…どうせ俺がいなくなるとでも思ったんだろ」
「…ご名答。遠くに、行っちゃう気がした」
『ふぇ…遠くにいっちゃう気がして…こわかったよぉ…』
昔と同じだ。 あの時も、俺の背中に泣きついて怖いと言ってた。
あの時俺はどうしたっけか。 たしか…こうしたはずだ。
「…ほら、こうすりゃどこにも行けないだろ」
「!…うん、ほんとだね」
空いている手を掴んで、手を繋ぐ。 手を繋いでいれば、一人でどこかへ行くことは出来ない。
あの時と同じように手を握ってやれば、最初こそ驚いた顔をしてたものの、すぐにしっかりと握り返してきた。
そしてそのまま、再び歩き出す。
「そういえば、俺も聞きたいことあるんだけど」
俺が今一番聞きたいこと、それは…。
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