話したい

『…やっと、俺と話して笑ってくれた』

あの時の御幸君の言葉、笑った顔、それがずっと頭の中に残ってて忘れられない。

あの後は隣のクラスから同じ野球部であろう男子が御幸君に用事があってやってきたから、私はいつものようにその場から離れた。

あれ以来御幸君は一切話しかけてこなくて、夢か妄想だったんじゃないかって思ったりしたけど、でも私の手元にはちゃんとお守りがあって現実だったんだということは証明されてる。
元々私から話しかけることなんてなかったから御幸君から話しかけてこないと私達の会話は始まらない。
そしてその後の授業でも特にやりとりをするわけでもなく一日が終わった。

でも、迷惑ではなかったんだって感じれたのはいいけど…正直、今の私は混乱してる。明らかに今まで感じてなかった気持ちが芽生えてることに。


新しく芽生えた気持ち、それは御幸君と話してみたいということ。文字を通してじゃなくて、自分の言葉で。
…御幸君のあの笑った顔が、もう一度見たいと思ったから。

「…おはよう、から」

いつだったか、朝御幸君におはようと言った時があった。
でもあの時は怖いって気持ちの方が勝っててすぐに逃げ出してしまって結局あの日だけの挨拶になってた。

でも今は、怖いって気持ちが完全になくなったわけではないけど話してみたいって気持ちの方が勝ってる。
だから、今ならちゃんと会話出来るはず。



…次の日になって、いつも通り登校して、彩夏と他愛ない話をして、朝礼の時間が近づいてきて自分の席に戻ることにする。
隣の席には、既に御幸君がいた。

…大丈夫、おはようって、言うだけだから。

一言言うだけなのに体は強張って手汗も出てくる。
やっぱり怖いのか、それとも緊張してるのか、自分でも分からないまま自分の席まで戻ってきて静かに座る。

ポケットに入れてたお守りを握りしめて、深呼吸。
そして意を決して、御幸君の方を見た。


「おはよ、河原」

「っ…お、はよぅ…」

私が御幸君の方を見るのとほぼ同時に、御幸君も私の方を見た。
そして私より先に、おはようと言ってきた。

まさか同じタイミングで御幸君が声をかけるなんて思ってなくて一瞬言葉に詰まったけど、ちゃんと、おはようって言えた。

心の中でやったとガッツポーズをしていたら、目の前の御幸君はぽかんとした顔で固まってて…かと思ったら、笑った。あの時の、嬉しそうな顔で。
そしてまた、トクンと胸が高鳴った気がした。


挨拶をしただけで特に話しかけることはしてこない御幸君は机の上にある…スコアブック?に目を通し始めた。

何か話しかけてくるかも、なんて思ってた私は拍子抜けしてそれと同時に少し寂しいような気持ちがこみ上げてきた。

何か…何か話しかけてみようと思うけどいざ自分からってなると何を話したらいいのか分からなくて、いつものように授業が始まっていく。
どうしようって小さく息を吐いてポケットからお守りを取り出して眺めてて、ふと思い出した。

そういえばこのお守り…どこにあったんだろう。

私が散々探しても見つからなかったお守りを、御幸君は見つけてくれた。
どこで拾ったのか、そういえば聞いてなかった。

話題…これだ!
心の中でそう呟いて早速御幸君に手紙を書いた。

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