トラウマ

やっと午後の授業も終わった。
早く、早く探しに行かなきゃ。

「河原」

急いで教室を出ようとしたら御幸君に呼び止められた。
そういえば、話があるってメモがあったのを思い出した。けど今はそれどころじゃない。

「ちょっと待てって、話あるって言ったろ」

立ち去ろうとする私を引き留めるように、目の前に立ちはだかる御幸君。
思わず後ずさる私。
それに気づいた御幸君は調子狂ったみたいに頭を掻いて、微妙に距離の空いたまま話を続けた。

「教えてくれれさえすればすぐに解放すっから」

「…教え、る…?」

「俺を避けてる理由。
なんでいきなり避け始めたんだよ、俺なんかした?」

「えっ…」

なんで?なんでって、御幸君にとって私は邪魔な存在だから。
迷惑になるから。

なのに、なんで?
御幸君、私のこと嫌なんじゃないの?

…わからない。

御幸君が何を考えているのか、何を思っているのか、何を感じているのか、わからない。それと同時に、こわい。

どうしてここまで私に絡んでくるの?
ほっとけばいいのに。
相手にしなければいいのに。

どうして?

『なんで避けんの?俺のこと、キライ?
なあ、茜…なんとか言えよ』

…あの時もそうだった。
優しかった、近所のお兄さん。
私はお兄さんが大好きだった。
でも悪い噂を聞いて、少し避けるようになった。

そしたらそれが気にくわなかったのかわからないけど、お兄さんは急に豹変して私に迫ってきた。

『散々優しくしてきただろ?
それを仇で返すつもり?』

怖くなって、なんとか逃げ出して、それでも追いかけてきて…。
あの時から、男の人の優しさには裏があるって思い始めたんだっけ。

そうだ、だからもう男の人は信用しないって決めたんだ。


「おい河原」

名前を呼ばれて我に返る。
無意識に、昔のこと思い出してた。

目の前には、御幸君。

「…ごめん、なさい」

「だーから、謝られる理由も分かんないんだけど」

「…もう、関わらないって…決めた、から…お互いの、ために…」

「お互い?なんだよそれ…っておい!」

隙を見て、私は逃げ出した。
あのお兄さんみたいに、豹変してきっと追いかけてくる、そう思った。
…でも御幸君は、追いかけてこなかった。

御幸君は、他の人とは、あのお兄さんとは違う…のかな。

もやもやとした気持ちのままいろいろ考えて、クローバーのことも忘れて、私は家へと走って帰った。


そしてさっきの会話の中で私の体は震えていなかったことを、その時の私は気づかなかった。


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