別の顔

「え、ちょ、マジで言ってる?」

「真面目に言ってる」

一旦、彩夏と一緒に教室から出て廊下で話す。
さっきの出来事、全部。

そりゃもう彩夏はビックリしてて、開いた口が塞がらないって状態だ。

そんな彩夏を見ながら、私は自然と笑みが溢れる。

私にとってのさっきの行動は、それほど進歩したことになるんだ。
普通の人で言うと憧れの人と会話した、ってくらいの感動だ。

「そっか…うん。
この調子で頑張ろうね、茜!」

「うん、頑張る」

ぽんと肩を叩かれて、それに頷く私。
彩夏も嬉しそう、自分のことみたいに喜んでくれる。

彩夏のためにも、自分のためにも頑張ろう。
私は自然とそう思った。

「さ、もう先生来るし教室戻ろ」

「うん」


教室へ戻ったら私の机にはプリントが置かれてた。
プリントと一緒に、ついでに小さい紙も。

[プリントさんきゅーな]

たったこれだけ書かれた紙。
ちらりと御幸君の方を見れば何かを真剣に眺めてた。
それが何か私には分からなかったけど、多分野球に関係するものなんだと思う。

なんか、今まで見たことないくらい真剣な顔してたから、自然と邪魔しちゃ悪いよなって思ってそっと自分の席に座った。

いつもなら音を立てなくても気配を察してかすぐに私に気づく御幸君だけど、今日は私に気づかなかった。
それほど今見ているものに意識を集中してるんだよね。


そして私は、私に気づかないことを利用して御幸君を盗み見た。

私と話す時、御幸君は笑ってることが多い。それは多分私を怖がらせまいとしてるから、ってのはなんとなく察してた。
そんな御幸君の今の表情は、すごい真剣で真面目で、同一人物なのに別人みたいだった。

こわい、とは思わなかったけど…話しかけることが出来なかった。

予鈴が鳴って担任の先生が入ってきて、ようやく御幸君は顔上げて私の存在にも気がつく。

「あれ、河原?声かけてくれりゃよかったのに…あ、そういやプリント、ありがとうなー」

小声ではあるけどまさか普通に話しかけてくるとは思ってなくて、驚いた。
怖いとかの驚きじゃなくて、普通の驚き。
だってホームルーム始まってるのに話しかけてくるなんて…いつかみたいに、先生に怒られるかもしれないのに。

[別にいいよ、プリントくらい。
それより私語してたらまた怒られちゃうよ]

紙に書いた私の言葉を見て、御幸君はやっと状況を把握したみたい。

[げ、いつの間に担任来てた?
全然気づかなかったわ、さんきゅ。
これでまーた恥かかなくて済んだ]

そう返事が返ってきて、御幸君を見たら笑ってた。


…うん。
やっぱり私はさっきみたいな真剣な御幸君より、今みたいな笑ってくれる御幸君の方が、安心するかも。

…見慣れてるからってだけなのかもしれないけどね。
でも、いつも笑ってる御幸君のもうひとつの顔が見られたのはよかったのかもしれない。

なんて、いつもの他愛ないやり取りをしながら私は無意識に考えていた。


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