もう一歩

ちゃんと挨拶出来た。
御幸君も挨拶返してくれた。

それだけで私は十分だった。

もちろんすごく怖かったし緊張した。
でもちゃんと、出来たんだ。

挨拶を交わしたところですぐに倉持君がやってきたからそれ以上は話せなかったけど。

彩夏はまだ戻って来てなくて、私は早くこのことを伝えたくて仕方がない。

隣で聞こえてくる会話は英語の宿題について。
私のでよかったら見せてあげようか、なんて言えたらいいんだろうけどそんなこと言えるわけがない。

「…なあ」

「!」

顔は逸らしたまま二人の会話を聞いてたら、唐突に御幸君が呼ぶ声がした。
びくっとしてしまいながら恐る恐る振り返ればやっぱり御幸君はこっちを見てて、

「英語の宿題、見せてくんない?」

私の心を読んだかのように宿題を見せてほしいと言ってきた。

別に見せる分には全然かまわない、けど…こ、声が出ない。

御幸君に見られることもまだ完全には慣れてないのに、今は倉持君の視線もしっかり感じてる。
多分、声が出ないのも手が震えるのも、悪く言うつもりはないけど倉持君がいるから。

そして私は必死で手の震えを抑えながら、鞄から宿題のプリントを取り出した。

「…はい」

「お、さんきゅ、いや助かるわほんと」

聞こえるか聞こえないかくらいの声をやっとのことで絞り出して、目は合わせられなかったけどなんとか御幸君がいる側を向いてプリントを渡した。

「ほら倉持、せっかく見せてくれてんだから早く写せって」

「お、おう…」

プリントを渡してもまだ感じてた視線はもしかしなくても倉持君で、それを見たらしい御幸君は早く写すように急かした。
そのおかげで私に向けられてた視線は、完全にはなくなってないけど和らいだ。
けどさすがにこれ以上視線を感じ続けるのは、耐えられない。

「あれ、茜?もう来てたんだ!」

「彩夏…!」

トイレにでも行くフリして逃げ出そうかなんて考えてたところで、やっと彩夏が戻ってきた。
それを見た私はすぐさま彩夏の元へと駆け寄った。

挨拶だけじゃない、プリントも貸してあげられた。
最初の一歩ってことで挨拶しようって話だったけど、もう一歩踏み出すことが出来た気がする。
それを早く、彩夏に報告したかった。


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