おふざけ
まだ直接は話せないけど、御幸君とノートの切れ端で文面上での会話は出来るようになった。 最近は授業中の暇つぶしに、よくこのやり取りをしてる。 最初はほんとに自己紹介みたいなやり取りばかりで、実は御幸君が野球部だって言うのもこのやり取りのおかげで知った。
そしてこのやり取りの特徴は、私は必ず文の終わりにラフ画だけど絵を描くこと。 なんか初めの頃に何の気なしに書いた絵を御幸君は分かりやすいからって気に入ってくれて、それ以降私は自分の心の内を絵で表現するようになった。
絵を見ると御幸君は大抵笑う。 でもそれは馬鹿にした笑いじゃなくて、私が一々大げさにリアクションしているのがツボみたい。
休み時間は私も御幸君もそれぞれつるむ友達がいるからこの会話はしない。 だから、ほんとに授業中という限られた時間での会話だった。
「…なんか、上手くいってるみたいだね」
「え?」
「御幸君と」
「そうでもないけど…まだ直接話したことないし」
「でも今の茜、楽しそう」
「そ、そう?」
「うん。前まであんなにビビってたのに」
昼休み、彩夏とお昼を食べながらの会話。 彩夏はずっと私を心配してくれてて、だから自然と私を観察するようになってる。 そんな彩夏が、最近の私は楽しそうだって言った。
でも、それは自分でも薄々感じてた。 以前は一回話しかけられただけでビクついてすごい警戒してたのに、今は文面上とはいえ普通に会話してる。
それが私にとって、どれだけの進歩になっているのかなんて考えなくても分かる。
「いつも何話してんの?」
「え?」
「授業中、文通してるじゃん」
「ああ…別に特に話してないよ、自己紹介みたいなことばかり。 あとは御幸君野球部らしいから野球のこと聞いてるかな」
「…ふーん」
「あ、そういえばね、これ見て彩夏。 野球部っての聞いて描いてみたんだけど」
がさがさと鞄の中から一枚の紙を出す。 そこに描かれているのは、坊主頭の御幸君。 野球部って言ったら坊主頭っていう法則が私の中にはあったから、勝手に坊主にしてみた。 まあ、ちょっとしたおふざけってやつ。
「ぶっ、あっはは!! 何それ傑作!イケメンも台無しだね!」
「ふふ、似合ってないよね」
「それ御幸君に見せてみなよ」
「え!?む、無理だよ!怒られるよ!」
「んじゃ私が見せてくるから」
「だ、ダメだって!」
ひょいっと紙取られて、奪い返す暇もなく御幸君の元へ行ってしまう彩夏。 御幸君だけならまだしも、ヤンキー顔の倉持君までいるから、私は近づけなかった。 もうおしまいだ…そう思って目を合わせないように視線を背けた。
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