(5)



(「…翰林院の、冱精衛、ね」)

憶えておくか、と思う。
一昨年の国試で、次席である榜眼(ぼうがん)の成績を修めて入庁した青年である。些か偏りはあるが、将来が楽しみである、と、執政の口から名を聞いた記憶がよみがえる。
清廉潔白を旨とし、また、花喰人に対して腹に一物あるのは明らかだ。彼を処断しない世高についても、思うところがあるらしい。こればかりは、日頃の行いの結果とも言えるが。

「残念ながら、懐柔は失敗したようだな」

外野に徹していた微竺がここぞと口を出してくる。世高は振り返りながら、今気が付いた、という風を装って目を見開いてみせた。

「…そうね、残念。…と言うか、まだ居たのねえ、微竺殿」
「…ふん…、この宦官大夫め…。謝舒(しゃじょ)の次はあの若造か?籠絡して、執政への諫言をやめさせようという腹か。まったく、部下も部下なら、その上司も、だな。節操のない」
「あらぁ、アタシ、結構好みにうるさいのよ?例えば、…見た目五十がらみの出っ腹なんてお断りね」
「なんだと…?!」
「とまあ、悪趣味な冗談はさておき、」

世高は向き直って仮牢へ歩み寄った。相変わらず、男はうつむき加減で、湿った床を睨み付けている。せめて縁戚のよしみと、口を割ってくれればよいのだが。
微竺を前にして、語るつもりはないのだろう。
今日明日にでも執政の御前に三法司の長が集まり、御史の処遇を如何にするか議することになるが、都察院左房は、公的に彼を取り調べる資格を持たない。身内だからだ。

ゆえに、世高はひとりで此処へ来た。周霖の、真意を確かめるために。

「…越権行為ながら、大理寺は既に謝御史の取り調べをしたと聞き及んでいる。そして、彼が黙秘をしたということも。執政に諮らず、貴殿は謝周霖をいかなる刑に処すつもりなのだ?」
「明白だ。わざわざ説明する必要もあるまい。花精をいたずらに損じるは、春苑の財産を奪った罪として相当であろう。剣鉈を取り上げ、官位を剥奪した上で、花護の任から永久に外すことだけは確実だ」
「…謝家が黙ってはいないんじゃないかしら?」
「いかな謝であろうとも、この事実をねじ曲げることはできぬ。息子かわいさに謝舒殿がどんな犠牲をはらうのかは、大理寺の知ったことではないわ」
「差し出せるものはあらかた、差し出すでしょうね」
「己の子のことだ、身から出た錆だろう。…そなたも、安穏としてはられんのではないか?うん?煬家はかつて、謝の庇護で除封(とりつぶし)を免れた経緯がある。供も連れず、ここにいち早く参ったのも謝舒殿から何か仰せつかって来たのではないか」
「アタシ?」と己の顎あたりを指さす。「アタシは単なる親戚のひとりですもの。それ以前に、都察院(うち)においてはただの上役。部下の心配を上司がしないで、誰がするのよ」

大理卿の口が声を発さず「犬め」と動く。世高は艶然と笑った。確かに自分は犬である。

(「―――でも、”人間”の犬になったおぼえはない」)

「…では、その犬からお願いが。親戚兼上司として、ちょおっと話がしたいのよね。席を外していただきたいのだけれど」

微竺は見たことか、と言わんばかりの顔つきになった。構うものか。
裾から太腿に入った衣袍の切れ込みを見せつけて、足を組み替える。鍛えられてはいるが、肌理の細かい、吸い付くような白い膚が紺青に映えた。途端に、好色な目線が揺れる布地を追いかけてふらふらと動く。

「都察院右房の前に、大理寺が勝手な吟味をしたことは黙っておいてあげるから。その代わり、アタシがおしゃべりしていくのも…いいでしょ?」
「…ふん…鬼の首を取ったようにいいおる…」




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