(4)



近来稀に見る育ちの良さだ、と感心する。ともすると、危ういほど真っ直ぐで、潔癖。如何にも花精の好みそうな性格をしている。
精衛は”まとも”で、老獪な官吏たちの所行など理解の外だ。だから、口封じの可能性など考えもしないだろう。
微竺の息の掛かった者はそこかしこにうろついている。
褒似の取り調べは既に終わり、証言自体は周霖を庇いも貶めもしない内容だった。彼女はおそらく、嘘を吐いてはおるまい。万が一にも虚偽を言っていたとしても、周霖に特別不利益とならないのであれば、構わないとすら、世高は考えている。
もしも己の予想が当たっていて―――男に殺意がなかった、と証されたら、周霖や謝を厭う連中は絶好の機会を失うことになる。真実を歪曲してでも彼を陥れたいと願う人々がいる限り、証人がまったく安全とは言い切れない。現に、どんなに尋ねられても褒似は言い分を変えなかったのだ。
大理卿の刺すような視線に背中を向け、世高は女に近付いた。踵を鳴らしながら歩み寄る官吏を、褒似は訝しげに仰ぎ見る。

「…ねえ、アンタ、嘘は得意?」

くだけた口調で話しかけられて、柳眉の間の皺はいっそう深くなった。

「…あのさ」
「なあに?」
「お役人さんはさ、…男よね」

不可解、を分かりやすく露わにし、女は問うた。疑問に思う気持ちがより上回るらしく、異装への嫌悪感は意外に薄いようだった。商売柄慣れている、というわけでもあるまいに、こっちの女も大分面白い、と興味深く思う。

「率直に聞かれると清々しいわね。―――いいじゃない、どっちだって。美人なら」
「……」
「あら、そこ黙らないでくれる?」

しなを作ると、葡萄茶の襦裙が後退った。関わり合いになるのは避けたいと全身で語っている。そのような反応をすると余計に構われるのだと知っているのは都察院の部下たちだけだった。すぐに距離を詰める。すると、彼女は腹を据えたようにぐっと足を踏ん張った。くだんの、目の下に薄墨を刷いたような双眸で睨み付けてくる。世高はにんまり笑った。

「いいわよぉ、アンタのその反応。…・・で、嘘は得意?どうお?」
「…なら」
「ん?」
「…あたし、ひとりぶんくらい、なら」
「そ。ならいいわ。見世に本当の事を言うと色々面倒でしょ。あることないこと適当に混ぜて説明しなさいな。あとは――――填海」

木通は目線だけを動かした。あるじではない花護だが、位階は世高が上だ。承服するかしないかはさておき、話は聞くだけ聞こうか、といった態度である。
改めて見れば、都察院の医女よりもやや年嵩の外見をした花精だった。しっとりとしたうつくしさの雌。つがいの精衛とは好対照だ。

「彼女と一緒に見世まで戻ってほしいの。飾窓が帰る刻限はもう過ぎているから、褒似ひとりで帰ったら、大門でも見世でもかなり悶着するはずだわ。アンタみたいな花精らしいのが隣にいれば、黙っているだけでの説得力あるでしょ」

学士殿が送ってもいいけれど、と付け加えると、填海の目の色が心なしか変わった。幾ら非常時であったとは言え、つがいとしては、そう何度も行かせたくない場所だろう。

「…精衛さま」
「…付き添ってやれ」と精衛は肯った。「送り届け次第、先に官舎へ戻って休め。わたしも外宮の前までは共に出る」
「承知」

花精はするすると領巾をまき直し、褒似の背後につく。一瞬、女が何かもの言いたげにしたが、この機会を逃せば帰れなくなる、とでも思ったのかもしれない。結局は黙って回廊へと出た。
ふたりが敷居を超えるのを待って、遅れて青年が追随する。彼が礼に則り挨拶を告げる前に、世高はその名を呼んだ。

「精衛殿」
「…はっ」
「…わたくしの部下を見つけてくれてありがとう。落ち着いたら、改めてお礼に行くわ」
「不要です」と若き花護は言下に答えた。「拙官は春の官吏として、また花護としての責を果たしたまでのこと」

背後から、くく、と不快な嗤いが聞こえたが、無視を決め込んだ。先を促すべく精衛を見つめると、僅かに考えたのち、彼は顔を上げる。血の気の悪い面貌に、不似合いなほどぎらぎらと輝く双眸があった。それは静かに嵩を増す、波のような怒りだった。

「同じ理由にて、以前、執政に奏上申し上げました。花喰人を野放しにする限り、我々はいたずらに花精を失い続ける。花精の損失は春苑の柱をあやうくし、外道の行いを赦さば政(まつりごと)の瑕疵を生む。ひいては鶯嵐さまの治世を揺るがすことになる、と。…今回の件がどのような顛末を迎えても、謝御史が花護の任に留まるのなら、拙官は再び奏上文をあげるでしょう。それが、翰林院学士たる私のつとめです」
「…そう」
「はい。煬大夫におかれましては、どうか、都察院御史大夫としてのご英断を。…それでは、大理卿、御史大夫。これにて失礼をいたします」

そうして深々と頭を下げると、深縹の官服は音もなく闇へ溶け込んでいった。



- 35 -
[*前] | [次#]


◇PN一覧
◇main


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -