(6)



痛いところを突かれたらしく、反論は力ない。そうしながらも、白髪交じりの頭の中では素早く計算がなされていることは明らかだった。万が一、世高が周霖を逃がせば二人を纏めて処断できる。今更、世高がどう立ち回ったところで、男の行為が覆されるわけではない。既に柳は枯れているだろう。ならば、飾窓の証言は益にも不利益にもならない。

(「…ってところかしらね」)

結局、恩着せがましく「今日ばかりは、そこもとの顔を立ててやろう」などと言いながら微竺は重い腰を上げた。

「さあさ、ほら、行った行った。入り口で大理寺の官吏が待ちくたびれていたわよ」

追い払うようにして手を振ると、大理卿は忌々しそうに、それでも格子扉へと出て行った。未練がましく振り返るので、また、手でしっしと遣ってやる。
彼にとって、周霖の惨めな姿は何時間でも眺められる愉快なものなのだろう。涼しげな表情を崩さぬまま、世高はこころの中に呼びかけた。

『阿僧祇』

…なに、と軽やかな鈴を振るに似た聲が応えた。可愛らしいそれが、明らかに怒りを孕んでいるのを察し、苦笑いをしそうになる。

『微竺のつがいは?』
『回廊に隠れてる。他にも私兵っぽいのがいるわ』
『一緒に追い出して。…なるべく穏便なやり方で』
『あいつ、皮をひん剥いて、八つ裂きにして、はらわたの中身から黒焦げにしてやりたい。…煬世の、悪口言ったわ』
『それは別の機会にして』

お願い、と言い添えると、牡丹精は沈黙した。すぐに気配が動く。

大理卿を追いかける阿僧祇を捉えてなのか、鋭い線を描く顎はようやく上がっていた。
この部屋に来てはじめて、世高とまともに向き合ったのではないだろうか。薄汚れた金茶の髪と、乾いた膚。昏い感情を宿した双眸。男のことは幼い頃から知っていたが、記憶にある限り、今までで一番ひどい面つきだった。
懐から鍵を取り出して、閂を開ける。狭い入り口をくぐり、彼の首と手を戒める盤枷へ触れた。

「…アタシの理力も吸い取るみたいね。駄目だわ、これ」
「……」
「…しょうがないわ。我慢なさい」

跪いて、腰の剣鉈を鞘から僅かに出した。周霖の足下で位置を合わせ、力を掛ける。目算通り、理力の籠められていない、ただの鉄の輪であったようだ。がちゃん、と重い音をたてて、鎖は割れたが、現れた足首は圧迫され、無残な青紫に腫れ上がっていた。

「立てるでしょ」
「…ああ」
「じゃ、とりあえず、調所に行きましょ。こんなところで話してたら、アタシまで鬱々とした気分になっちゃうわよ」

既になりかけているけど、とごちると、周霖はゆっくりと身体を起こした。理力を吸収され続けているにもかかわらず、まともに動けるのは流石、と言うところか。盤枷が邪魔になって大儀そうではあったが、世高に続いて仮牢の扉をくぐり抜ける。

「…あいつはどうした」

低く、ぼそりと尋ねる声があって、世高は肩越しに振り向いた。鉄格子を背に立つ男は、珍しくも再び視線を下へ落としている。それが、その感情こそが、今は彼自身を助ける何よりのよすがになっているのだと、―――本人は分かっていないのだろうが。

「あいつって誰よ」
「…、だ」
「はい?」

周霖は僅かに躊躇ったあと、伎良、と。確かに答えた。
男の願いに背を向けるようにして、世高は前を向く。静けさを取り戻した福堂の中では、盤枷の金具の音と、それに縛された周霖の息遣いだけが強調されて聞こえる。

「恬子と文観殿がついていったけれど、呼吸は既に絶えていたと報せがあった」
「……」
「枯らせたのなら、今迄で、一番短かったんじゃない?つがった期間」
「……」
「柳の仔細より―――…まず、アンタの申し開きを先に聞きましょうか」

後ろについて歩く男から、言葉はない。
世高は、それを肯定と受け取った。





- 37 -
[*前] | [次#]


◇PN一覧
◇main


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -