桐青社最上階。
「なん の 音だろう…」
突然の停電と銃声と思われる音に、三橋は不安を掻き立てられていた。
外で何か良くない事が起こっている。
三橋の拙い思考回路でも、それだけは容易に感じ取れた。
「修 ちゃん…ルリ…」
三橋は震えた声で名を呼んだ。
こんな時、いつも真っ先に自分を案じてくれる2人が居ない。
元々臆病な性格の三橋は、言い知れない恐怖を感じていた。
だが、1人で探しに行ける度胸もない。
三橋はただ、窓の側でうずくまった。
その時、部屋への入り口のドアが反対側から銃撃された。
三橋は反射的に立ち上がり、銃撃に身を構える。
弾丸は木製のドアを貫き、数メートル離れた窓をも破壊した。
窓のすぐ側に居た三橋の周りにガラスの破片が散らばる。
「なんだ。随分だだっ広い部屋だな」
突入して来たのは阿部だった。
辺りを見渡し、室内を確認する。
そして自分の真正面に、驚いた表情で突っ立っている少年が1人。
割れたガラスに光が乱反射して、やたらキラキラして見えた。
色素の薄い髪が太陽に透けて、阿部はデジャヴのような不思議な感覚に陥った。
「だ、誰 です、か…?」
暫く黙ったままの阿部に、三橋は脅えながらも声を掛ける。
ハ、と我に返った阿部は簡潔に用件を伝えた。
「あー、お前が三橋廉だな?お前を連れ戻しに来た」
「え?で、でも修ちゃんは…」
「知るか。オレはお前を連れ戻すのが仕事だ」
「ちょ、待っ…」
阿部が三橋の手を引こうと手を伸ばした時、天井から予測外の攻撃を受ける。
間一髪避けた阿部だが、攻撃してきた人物は三橋を抱え、阿部に向かって銃を突き付けた。
「まァ待てよ。横取りは良くねーぜオニーサン」
長身で短髪の男は、三橋を抱えたまま口を開いた。
身のこなしから察するに、この男も只者ではないようだ。
しかし、服装が黒服ではなくライダースーツのような物なので、三星組とは関係無いように思えるが、台詞が少々気に掛かる。
「横取り?何の事だ」
「しらばっくれんなよ。お前さんもコイツを狙ってんだろ?」
「オレは仕事でそいつを保護しに来ただけだ」
「へーえ。ま、オレも上の命令でコイツを渡しちゃいけねー事になってんの。ワリーけど引き返してくんない?」
そう言って男は少しずつドアににじり寄って行く。
だがこちらも仕事。
みすみす三橋を渡す訳にも行かない。
「銃はあんま好きじゃねんだけどな」
ふう、と息を吐いた阿部は、腰のピストルケースに手を掛ける。
「おっと、動くなよ。動いたらコイツの頭ぶち抜くぞ」
「やれば?」
阿部は動きを止める所か、鬼畜非道な台詞を吐いた。
男と三橋は激しく動揺する。
「オイオイオイ!オメーも仕事だろ!コイツ死んだら意味ねーじゃん!」
「それはそっちも同じだろ」
弾丸を仕込み終わった阿部は平然と男に銃を向ける。
「アンタも三橋を殺せねーなら、そいつに人質の意味はねェ」
それを聞いた男の目の色が変わった。
「勝負しろってか。…上等じゃねーか」
男はニィ、と口の端を上げて三橋を突き放し、彼もまた銃を構えた。
緊迫した空気が流れる。
だが沈黙は一瞬だった。
2人同時に弾丸を放ち、撃ったと同時に相手の懐に飛び込む。
先手は相手の男。
長身を活かした力技で一撃必殺の強打を連発してくる。
対して阿部は、軽やかに攻撃をかわしながら決定打を狙う。
しかし、阿部にはあまり体重が無い為、一撃喰らっただけでも致命的だ。
更に見た目の年齢から察するに、戦闘経験も向こうが上。
右足のミドルをガードした隙を突かれ、腹にフックを喰らい床に倒れてしまった。
「あばよ」
頭上には既に銃を構えた男が、今まさに弾丸を放とうとしていた。
阿部は咄嗟に銃を向け、弾丸を放つ。
「どこ狙ってんだ」
弾丸は外れ、男が再び銃を向けた時、阿部は倒れたまま銃を蹴り上げ、その勢いのまま回し蹴りを入れた。
阿部の蹴りをもろに喰らった男だったが、数十センチ後ずさっただけだ。
しかし、頭上に違和感を感じた男が上を見上げると、天井からシャンデリアが落下していた。
先程阿部が放った弾丸が命中していたようだ。
男は敢え無くシャンデリアの下敷きになった。
「くそ…割に合わねェ仕事だ」
息を切らした阿部はそう吐き捨て、座り込んだまま固まっている三橋に歩み寄った。
「立て。行くぞ」
三橋の手を取って立ち上がらせようとする阿部だが、三橋は動かない。
「ご めん なさい…腰が抜けて…」
どうやら足腰に力が入らないようだ。
阿部は溜息を吐いて呆れた。
一般人ならまだ解るが、マフィアの息子がこの体たらくで良いのだろうか。
そこで、破壊されたドアの向こうに大量の警備隊が現れた。
「曲者!大人しくしろ!」
「もう逃げ場は無いぞ!」
完璧に囲まれてしまった。
後ろには地上80階の景色。
前方には武装警備隊。
三橋は何が何だか解らず、ただ脅えている。
しかし阿部は、八方塞がりのこの状態でも平然としている。
そしてニヤリと口角を上げると、
「逃げ場?あるじゃねェか。後ろに」
そう言って三橋を担ぎ上げた。
「ええええ、あ、あの?」
「じゃ、お疲れさん」
阿部はそう言って、ひょい、と窓から飛び降りた。
「ひああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ウルセーなぁ…」
当然である。
落下中絶叫する三橋に毒づく阿部だが、命綱も無しで地上80階から飛び降りるなど、普通の神経ではない。
「お、来た来た」
そこで、地上で待機していた栄口が落下する2人を発見した。
飛行艇のエンジンを起動し、すぐさま発進して回収に向かう。
そして見事空中で2人をキャッチした栄口。
ようやく三橋の絶叫も止む。
「はーいお疲れー」
「おせェよ」
「だって終わったら合図しろって言ったのに、阿部しなかったろ」
「時間が無かったんだよ」
「ハイハイ。その子こっち置いて」
阿部の話を受け流し、三橋を操縦席の後ろに座らせる。
「こんにちは!ごめんなー、怖かったろ。今家に帰してあげるからね」
ニコッと三橋に笑いかけた栄口に、三橋もいくらか安心したようだ。
しかし、台詞の意味が解らない。
「オ レ…家に…?」
「そだよ。送ってってあげるから」
「あ の、でも、修ちゃ…あ、叶くん と ルリは…」
「ん?誰?」
「とっ、友達 と、」
「あー大丈夫大丈夫。帰ればすぐ会えるよ」
諭すように三橋の質問に答える栄口だったが、いまいち会話が噛み合っていない。
三橋は2人の居場所を聞きたかったらしいが、三橋が『友達』と言った事で、栄口は2人がまさか誘拐犯だとは思わなかった。
しかし三橋は、栄口から『すぐ会える』と聞いた事で安心してしまい、それ以上質問を続ける事はなかった。
本当はもう二度と会えない事など
この時の三橋は知る由もなかった。
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