まんまと阿部に逃げられた後、警備隊はすぐさま捜索に向かった。
阿部が落としたシャンデリアの下敷きになった男に、1人のスーツ姿の男が近付いて行く。
「いつまで寝てんだ。起きろ慎吾」
阿部と対戦したライダースーツの彼は島崎慎吾。
声を掛けられ、目覚めた島崎はガシャガシャとシャンデリアをどけて顔を出す。
「おーいってー…」
「派手にやられたな」
「あー…和己?」
「お前が負けるとはなぁ。そんなに強敵だったのか?」
島崎は頭を掻きながら戦った阿部を思い出し、特徴を報告した。
スーツの彼は河合和己。
若くして桐青社副社長の座に就いた、島崎の上司に当たる人物だ。
三橋を連れて来た叶達を匿い、阿部に島崎を差し向けた張本人でもある。
「まぁ逃げられたもんは仕方ない。お前にはもういっちょやってもらう仕事もあるんだ」
「なんだよ?」
「これから社長ん所に行く」
「げ!!マジかよ!!」
「当然だろう。せっかくタダで三橋を手に入れるチャンスを棒に振ったんだ。社長はご立腹だぞ」
河合の台詞を聞いてあからさまに動揺する島崎。
任務失敗の報告ほど言いにくいものはないが、それにしても島崎の動揺ぶりは常軌を逸していた。
顔は青ざめ、冷や汗を垂れ流している。
まるで今から処刑場に向かうような面持ちだ。
島崎は震える手を握り、1つ深呼吸をして、小さく呟いた。
「短い人生だったぜ…」
2人はゆっくりと社長室に向かった。
他に比べて仰々しいドアの前に並び、河合は扉をノックした。
「河合、島崎、入ります」
そうして部屋へと踏み込んだ2人の前に待ち構えていたのは、豪華な椅子に腰掛けた桐青社社長、仲沢呂佳。
彼は重みのある低い声でゆっくりと口を開いた。
「逃がしたんだってなァ…」
ギロリと島崎を睨み、威圧する呂佳。
島崎は青い顔で俯き、小さく返事をした。
「オレがどんなに苦労して社長の座に上り詰めたか…知らねェ訳じゃねェよな?キタネー手使ってでも会社をでっかくして、今や政府にも顔が利く組織にまで成長した。…それもこれも三橋のガキを手に入れる為だ!!」
だん!と苛立ちを込めてデスクを叩き、島崎を叱責する。
島崎は相変わらず俯いて、ただただ話を聞いている。
桐青社は表向きは善良な、至って普通の会社である。
巣山も言っていたようにたった5年で急成長した実績を持ち、新政府の復興に大きく貢献した。
しかし、会社がこんなにも短期間で巨大な組織となる為には、全うなやり方では到底不可能なのだ。
桐青社の裏の顔は、武器の売買、麻薬の密輸、暗殺や誘拐まで行う犯罪組織。
島崎はこの内の暗殺部隊に所属している。
元三星組である叶と河合が知り合いだったのは、仕事で何度も顔を合わせていたからだ。
桐青社とマフィアングループ三星組は、昔から密接した関係にあった。
「てめぇには相応の罰が必要だよなァ?島崎ィ…」
呂佳がそう言うと、島崎はぎゅ、と目を瞑り、罰を受け入れる覚悟を決めた。
暗殺部隊である島崎の任務失敗は、即死を意味する。
だがその時、それまで黙ったままだった河合が話を割って入った。
「僭越ながら申し上げます。三橋廉を攫った人物についてですが、奴は三星組に雇われた殺し屋と思われます」
今度は河合を睨む呂佳。
「だからどうしたってんだ。三星組じゃねェなら尚更面倒じゃねェか」
「確かにフリーの殺し屋だとしたら人物と所在の特定は困難ですが、所在さえ突き止められれば容易に三橋を手中に収める事が出来ます。三橋は、暫く三星組には帰りません」
スラスラと落ち着いた口調で話を進める河合。
しかし、一部引っ掛かった河合の言葉に呂佳は質問を投げ掛ける。
「帰らねェ?どーいうこった」
「三星組は、壊滅しました」
河合からの発せられた言葉に驚き、島崎も河合を見る。
「壊滅?内争か何かか?」
「いいえ、何者かの襲撃に遭った模様です。つい先程入った情報ですが、間違いありません」
相変わらず落ち着いた口調で言葉を連ねる河合。
そして、彼は続けてこう言う。
「ターゲットは島崎にハッキリと、目的は三橋の保護と告げています。三星組の生き残りも何名か居るようなので、奴は契約達成の為、暫くは三橋を手元に置いておくでしょう。既に捜索隊に山ノ井と本山を派遣していますので、発見も時間の問題かと」
河合は一歩下がって言葉を続ける。
「島崎には、まだやってもらう仕事が残っています。島崎への処罰は当分見送って頂くよう、お願いします」
そう言って、ふかぶかと頭を下げた。
既に人生に別れを告げた島崎は驚きの余り河合に目を向けたまま動けない。
呂佳は暫く考え込んだ後、こう言った。
「解った。今回は和己に免じて見逃してやる。だが今回だけだ。次はねェからな」
「「ありがとうございます!」」
揃って礼を言う河合と島崎。
今までもこうして何度も部下のピンチを救ってきた河合は、部下達から絶大な信頼を得ていた。
そして社長室を後にした2人は、早速次の作戦に取り掛かった。
時間は少し遡り、巣山の元へ依頼が到着した晩。
「なァ織田…お前どー思うよ」
「なんや。どーって」
「若を攫ったのって、やっぱ叶だと思うか?」
「信じられんけどな、ほぼ間違いないと思うで」
三星組邸内の一室で、神妙な面持ちで話し合う男が2人。
彼らは三星組幹部、畠篤史と織田裕行。
三橋の奪還と、犯人の殺害を巣山に依頼した張本人である。
「大体オジキも人が悪いよなァ…叶かも知れねーのに皆殺しなんてよ。お嬢もずっと見当たらねーし、一緒に居る可能性だってあんのに」
「ま、そんだけ跡取りが大事なんちゃうか。それより畠、相変わらず若嫌いなんやな。オジキに叱られんで」
「…でもさぁ、オジキも若に固執し過ぎじゃねェかと思うんだ。大事に甘やかして育てた結果が“アレ”だぜ?将来組織のトップを担う男がアレじゃーよ…部下達も不満がってるぜ」
「せやなァ」
「もしかして、オジキは若に跡継がせるつもりねーんじゃねーかと思う時もあんだよ」
「それもあんのやろなァ」
「マジメに聞けよ!」
「聞いとるわい。ただ、どっちもほんまやと思うからどっちにも振れん。オジキの考えてる事はオレらには関係ないこっちゃ」
真面目に組織の将来を考える畠とは違って、ピストルの手入れをしながら話聞く織田はドライな性格らしい。
何も考えてなさそうに口笛を吹きながら手入れを続ける織田は、更にこう続けた。
「けどま、若に“何か”があんのもほんまやろな」
「は?」
「オジキがうじゃうじゃおる孤児ん中から若を選んだのも、ただの偶然やないってこっちゃ。真意は知らんけどな」
普段から若である三橋と仲の良かった織田は、三橋にある“何か”を知っているようだ。
しかし、それが何の役に立つのか、組長が三橋に何をさせるつもりなのかまでは推測の域を出ない。
織田はそれ以上は何も言わなかった。
意味の解らない畠が困惑していると、遠くの方で大きな音がした。
どこかの建物が崩れたらしい。
同時に部屋の外を大勢がバタバタと慌しく走り回っている。
「なんや騒がしいの」
「敵襲か?」
2人はごく落ち着いた態度でふすまを開け、外を見た。
「どないした」
「あ、アニキ!すんません、敵襲です!」
「度胸あんなァ。何人だ?」
「確認は取れてませんが…とりあえず1人っす」
「ほー。何モンやろな?」
「とりあえず捕まえたら連れて来いよ」
「ウス!!」
走り去る部下を見送ると、2人は再びふすまを閉めた。
巨大なマフィアングループである三星組に挑んで来たその人物に、少なからず2人は興味を示した。
人に恨まれる仕事ばかりやっている為、復讐の標的になる事は日常茶飯事だが、たった1人で乗り込んで来た者は初めてだった。
しかし、その試みは余りに無謀である。
捕まって2人の前に差し出されるのも時間の問題だろう。
だが、いくら待っても音沙汰はなかった。
それどころか、外の音が全く聞こえなくなってしまった。
様子がおかしい、と2人は立ち上がり、ふすまを開けようと畠が手を掛けた所で、
ふすまごと、畠の首が斬られた。
斬り落とされた畠の首が床に転がる。
織田は瞬時にピストルを手に取るが、畠を斬り殺した男は目にも止まらぬ速さで織田に突進し、織田の両腕を斬り落とした。
男の両手に武器は見当たらない。
代わりに男はナイフよりも鋭い“武器”を持っていた。
織田は激痛に顔を歪めながら男を見遣る。
今宵、満月。
月光に照らされた、異形とも言える男の姿を見て、織田は組長の真意を悟った。
「…そーゆう事かい」
男はニヤリと口の端を上げると、織田の首をもはねた。
そして翌日、政府の情報機関に一通のメールが届く。
三星組、エルピスと思われる人物の襲撃により壊滅。
犯人を最重要危険人物と認定。
直ちに討伐軍の結成を要請する。
その男、凶暴につき
厳重に警戒されたし。
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