捻じ曲がる運命



とあるビルの一室。
壁全体がガラス張りの窓から、外を眺める少年が1人。


「はじめて見た…」


少年にとって初めての外の光景に、思わず歓喜の声が漏れる。


「嬉しいか?」


窓に張り付いて離れない少年に、側に居た黒服の男が声を掛ける。
その声に、首が取れそうなほど勢い良く振り向いた少年は、とびっきりの笑顔で答える。


「うんっ!ありがとう 修ちゃん!」


少年の満足げな返答に、彼もまた笑顔で答えた。


「廉。オレちょっと用事があんだけど、1人で待ってられるか?」

「ヘーキ だよ!留守番、してるっ」


修ちゃん、と呼ばれた黒服の男は叶修吾。
少年は三橋廉という。
名前で呼び合う所から、随分親しい仲である事が推察される。
しかし廉という少年と叶はどう見ても同年代なのだが、まるで親子のような会話をした後、彼は部屋を出て行った。
部屋の外に出ると、これまた同い年くらいの少女が立っていた。


「レンレン、大丈夫そう?」

「ああ。何も疑ってねーし、何か楽しそうだし」


叶は少女にそう答えると、踵を返して歩き始めた。
そして少女も彼の後をついて行く。


「タメ語やめなさいよ。あんたお父さんの部下でしょ」

「もう関係なくね?反逆しちまったし」

「それでも私はあんたより偉いのよ!」

「へーへー、瑠理お嬢様」


彼女はどうやら気が強いらしい。
お嬢様、と呼ばせた事から察するに、どこぞの令嬢なのであろう。
やいのやいの2人で言い合っているうちに、2人はあるドアの前で立ち止まった。
叶はポケットからカードキーを取り出し、スロットに入れる。
するとロックが解除され、中に入ると、そこにはいくつものコンピューター画面。
画面の1つに三橋の姿も写っている。
ここはモニター室のようだ。


「ねぇ、何で隠れるのに桐青社なんて使ったの?」


瑠理は叶の顔を覗き込んで尋ねる。


「ちょっとした知り合いが居てな。こー見えて顔広いんだオレ。ここならセキュリティシステムも万全だし」

「ふうん…」


瑠理は感心したような、あまり興味がないような、どっちとも取れる相槌を打った。


「てゆかまたタメ語使った!」

「すいませんでしたー」


他愛のない、緊張感もないやり取り。
本来の目的とは裏腹に、空気は緩み切っている。

彼らがここに居る理由。
それは三橋の誘拐だった。

三橋はマフィアングループ、三星組の御曹司である。
息子に恵まれなかった組長が、生まれて間もなく身寄りを失くした三橋を、跡取りとして養子に招き入れた。
組長とは瑠理の父親。
つまり、三橋と瑠理は義兄弟に当たる。
そして、幼い頃から三星組に身を預けている叶は三橋の世話係として、3人一緒に育ってきた。
そんな彼らが、一体何故組長を裏切って三橋を誘拐などしたのだろうか。


「叶、これからどうするの?」

「んー。廉を連れて、世界中逃げ回ろうと思ってる。廉は屋敷から出た事ねーし、色んなもの見れるだろ。追っ手から逃げられて、観光も出来て一石二鳥」


叶はニッっと笑ってそう言った。
対して瑠理の方はワナワナと肩を震わせている。


「ちょっと!私を置いてく気!?」

「あ?お前は帰った方がいいだろ。そもそも人質として連れて来てんだから」

「嫌!私も行く!レンレンは私が居ないとダメなんだから!」

「逃げ回るのに女が居たら足手まといだろ」

「何その言い方!!私だってマフィアの娘なんだからそれなりに鍛えてんのよ!!」


キィっ、と癇癪を起こした瑠理は叶に強烈な回し蹴りを食らわす。
しかし、その一撃は難なく止められてしまった。


「甘いぜお嬢」

「むぅぅ〜〜…っ」


得意げに笑う叶が更に癇に障り、瑠理は頬袋を作ってむくれた。

その時、どこかから大きな爆発音が聞こえた。
同時に視界から色が消える。
停電だ。


「ちょっと!!何、何!?」

「追っ手か…!?電力室やられたか…!」


叶はすぐさま持っていたペンライトを取り出した。
会社のビルには普通、停電に備えて自家発電気が常備されている。
つまり、滅多な事で停電は起こらないのだ。
敵襲と見て間違いないだろう。

三橋が危ない。
咄嗟に叶はそう思った。
しかも突然の停電に、きっと1人脅えている。
早く、行ってやらねば。


「叶!」

「ワリィ、置いてくぞ。お前絶対にこっから動くなよ!」


叶はそう言って、全力で三橋の元へ向かった。












「栄口のヤロォ……」


持って来ておいた赤外線ゴーグルを装着しながら、阿部は悪態をついた。


「電力室ぶっ壊したらオレも見えねェじゃねーか」


どうやら停電は栄口の仕業らしい。
セキュリティシステムの解除と敵の目暗ましを同時に行えるので、確かに上策といえば上策なのだが。
やり方が少々過激な栄口と組んだ事を阿部はやはり後悔した。


「三橋は最上階、と」


停電によってエレベーターも止まっている為、階段を駆け上がるしかない。
阿部はぐい、と伸びをした後、階段に向かって一直線に走った。


「待て!!てめぇ何モンだ!!」

「なんでも屋。よろしく」


相手もスコープを付けているらしく、阿部の姿を捉えた敵2人は呼び掛けに止まらない阿部に向かって銃を乱射した。
しかし、阿部は弾丸を難なくかわし、避け切れなかった弾は鋼が仕込まれた手甲で弾き返した。


「危ねェな。当たったらどーすんだ」


間合いを詰めた阿部はふわりと敵の頭上を舞い、2人の首を一瞬で捻った。
休む間もなく阿部は走り続け、立ち塞がった敵は皆殺しにしながら、ようやく最上階一歩手前まで辿り着いた。
そこで停電も回復し、眩しさに眉をしかめる。
ようやく目が慣れた時、阿部の前には明らかに今までの雑魚とは違う雰囲気を持った男が現れた。
叶だ。


(……強ェな)


阿部は叶の実力を見抜いていた。
2人の間の空気が張り詰める。
しばらく無言の睨み合いが続いたが、沈黙は叶の方から破られた。


「お前、殺し屋か」

「なんでも屋。殺しはあんま趣味じゃねんだよ」

「なら何の用だ」

「仕事。三橋って奴を保護しろってな」


三橋の名前を出した途端、叶の目付きが変わった。
銃を片手に構え、光を失くした冷たい表情で言う。




「廉は渡さねぇ」




叶は弾丸を放ち、阿部は手甲で弾く。
だが、叶は射撃と同時に間合いを詰めていた。
容易に懐に入った叶は、阿部のみぞおちに強烈な蹴りを入れる。
しかし、阿部もまた反射的に体を捻って急所への命中を外した。
実力はどうやら拮抗している模様。
勝負が長引く事はないだろう。

両者共に武器は小型のピストルのみ。
弾丸は止めの為に取っておき、しばらく格闘術のみの肉弾戦が続いた。

そして叶の拳を弾いて出来た、一瞬の隙。
阿部は僅かな防御の穴を見逃さず、手甲の裏拳を叶の脳天に叩き込み、勝負は着いた。
床に倒れ込んだ叶をそのままに阿部はその場を立ち去ろうとするが、叶は立ち上がった。
これには阿部も驚いた。


「頑丈だな。でももう無理だろ。脳みそ揺れまくって気分最悪の筈だぜ」


出来ればこういうタイプの敵は殺したくない。
阿部は率直にそう思った。
叶は、自分ではない何かの為に自分の前に居る。
それが解るから、出来れば事が終わるまでそこで寝ていて欲しかった。

しかし、叶は尚も強い瞳で阿部を見据える。


「…っ廉 は…渡さねぇ…っ!!」


最初と同じ台詞。
叶の意思の強さが伺えた。
こいつはきっと、死ぬまで自分に向かって来るんだろう。
何故廉という奴に固執しているのかは分からないが、阿部は何となくそう感じた。


阿部はふう、と息を吐いた後、叶の額目掛けて弾丸を放った。
頭蓋を撃ち抜かれた叶は静かに倒れ、呼吸をやめた。


何となく後味の悪い殺しをやってしまい、阿部の気分は最悪だった。
そのせいだろうか。
自分の後頭部に銃を突き付けられるまで、気配に気付かなかったのは。


「あんた、何者?」


声の主は、若い女のようだ。
瑠理である。


「なんでも屋。仕事で来てんだけど、あんま無駄に殺しはやりたかねんだ。出来れば銃をどけてくれ」

「嘘!!じゃあ今なんで殺したのよ!!」


瑠理の声は震えていた。
叶の最期を目撃してしまったのだろう。


「もう…勝負は着いてたじゃない…っ、殺す事ないじゃない!!」


声だけで表情が読み取れるほど、瑠理は泣いていた。


「…あいつは倒れても向かって来るよ。それこそ死ぬまでな。だから今止め刺した」


あくまで冷静に、阿部は言葉を連ねる。
嘘は1つも言っていない。
なのに何故か胸に引っ掛かる感情の名前を、阿部は知らない。


「レンを…どうする気なの…?」

「(レン…?) あぁ。さァな。オレは依頼を受けただけだ」

「…っ依頼…内容は…?」

「三橋の保護。後は皆殺し」

「…っ!依頼主は!?」

「三星組組長」


阿部の言葉を聞いた瑠理は、絶望した。
父は、自分を捨てたのだ。
人質として、自分は何の役にも立っていなかった。
実の娘の自分より、父は三橋を取ったのだ。

それほどまでに、三橋は重要な存在だというのだ。




『廉を、組長の側に置いといちゃダメだ』




叶の声が脳内でリフレインされる。

叶の言っている事は、本当だった。

レンレンが、危ない。


「……?」


しばらく何の返答もない瑠理を不審に思って少し振り向くと、瑠理は声もなくただ涙を流していた。

そして唇をキュ、と結んで、阿部に弾丸を放つ。
阿部は僅かに振り向いていた為、間一髪の所で避けられた。

だが、瑠理は泣きながらピストルを撃ち続ける。
阿部は思う。
これは錯乱して撃ってるんじゃない。
この女もまた、死ぬまで向かって来る人間だ。

先程の男といい、この女といい、初めて会う名前も知らない人間に感情を持つのは、阿部は初めてだった。
それでも阿部は仕事を全うする為、迷わず瑠理の頭蓋を撃ち抜いた。




「レン…私が…まも……」




瑠理の最期の言葉が、いつまでも阿部の耳に残った。



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