シャークから話を聞いた栄口は迷っていた。冷徹で残忍。オルクスに対してそんな印象を持っていた栄口は、オルクスへの敵意がほとんど消え失せてしまっていた。だが他の皆が戦っている。三橋を取り戻さなきゃ。そんな思いで自分を奮い立たせ、重い足を運んでここまで来た。
思わぬ台詞を吐いた栄口を阿部が訝しげに見る。
「どーいう事だ、栄口」
「…ねえ、阿部はさ。誰か大切な人が死んじゃったらどうする?」
更に言葉を連ねる栄口に、阿部は不審感を募らせる。栄口は阿部を見ないまま、言葉を続ける。
「オレさ、おふくろが死んじゃった時にね…今考えたらバカみたいだけど、必死こいて"ザオリク、ザオリク"って叫んでたんだよね」
照れた様に頭を掻きながら、栄口はそう言った。
「今生きてる世界がゲームの中だったらって…本気で考えた。そしたらおふくろも生き返るのにって」
阿部もヘリオスも、オルクスでさえ静かに栄口の話を聞いていた。
「だからね…えっと…、もし自分にそーいう力があって、生き返る可能性があったとしたら、オレはどんな事してでもおふくろを生き返らせようとしたと思うんだ」
そこで初めて、栄口はヘリオスを見た。
「アルトは死んではいないけど、肉体が無い。一緒に遊んだり、笑ったり出来ない。だから死んでるのと同じだよね。だから…オルクスがここまでやるのは、本当にアルトに会いたいからで…」
「やめろ栄口」
話を割って、阿部が口を出した。眼光は鋭く、怒気を含んでいる。
「てめェ、オルクスの気持ちが解ったからって三橋を見捨てようとしてんのか」
「ちっ、違うよ!オレはただ…」
「黙れ。これ以上喋ったらぶった斬るぞ」
阿部の忠告が脅迫に変わった。栄口は伝えたい本心がまだある事を訴えようとしたが、阿部は聞かなかった。
そこで、二人のやり取りを黙って見ていたオルクスが口を挟んだ。
「…小僧。シャークから何を聞いた」
今の話から当該する人物を割り出したオルクスは真意を尋ねた。同時に、阿部とヘリオスはその名前が最後に置いて行った台詞を思い出していた。
『確かめて来い。自分達が今まで何をしてきたか。そして…オルクスさんと、アルト様の願いも─…』
栄口は眉尻を下げ、哀しそうに話した。
「オルクスを、止めて欲しいって…」
それを聞いたオルクスは不機嫌そうに眉を顰めた。
「オルクス、時間の操作が出来る様になったんだよね。流域の時間止めたのも、あんただよね」
ヘリオスが驚きの表情を見せた。ある程度予測してはいたが、まさか本当に出来る様になっていたとは。ヘリオスが長い時間を掛けて力を取り戻している間、オルクスは目覚しい進化を遂げていたのだ。
「でも完璧じゃない。クロノスの固有能力を使うには、体に相当な負担が掛かってる筈だって、シャークが言ってた。彼はもう、長くはないって…」
栄口は目を伏せた。拳を握り締め、もう一度顔を上げると、絞り出す様に声を発した。
「あんたの気持ちは解る…!だけど…オレ達だって三橋が大切だ!必要なんだ!頼むから…こんな事やめて三橋を返してくれ!!」
まるで祈る様に懇願する栄口。ヘリオスやルナ、阿部も皆、栄口の話に困惑していた。
オルクスはもう長くない。それは無理に時間の操作をした為に、消滅の時期が近い事を指している。オルクスの願いは、最期にもう一度アルトに会う事だった。
「…くだらんな」
一つ溜息を零したオルクスは、至極不機嫌そうに口を開いた。
「同情でも引くつもりか。全くくだらん。私の望みはもっと高い所にある。その為にアルトを蘇らせ、ヘリオスを殺す。私の意志が変わる事など断じて無い」
オルクスはそう吐き捨てると、右手をかざした。手の平に光が集まり始める。
「シャークが余計な事を口走ったせいでつまらん時間を過ごした。死ね」
ついに魔撃が放たれる。
「シャイニング・バースト」
それは散弾型の魔撃だった。それも強力な。無造作に飛散する光の矢に、倒れている者は為す術も無い。
「くっそ…!レシルド!!」
阿部が辛うじて全員に魔壁を張るが、強力な魔撃にシールドは簡単に突き破られてしまった。魔力の残り少ないルナも自分とヘリオスの周りにシールドを張るので精一杯である。
「ンの…野郎っ!!」
何を思ったか、阿部は飛散する光の矢の中をオルクス目掛けて突っ走った。矢は足に腹に刺さり、ダメージは免れられない。それでも阿部は突進を止めず、オルクスに向かう。そしてあと一歩の所まで辿り着くと、勢い良く飛び掛かった。振り降ろされる大剣を防御すべく、オルクスも攻撃を止めシールドを張る。
「うおおあああ!!」
だが、阿部はなんと力だけでオルクスのシールドを突き破った。そして着地と共に再度オルクスに
斬り掛かる。
「くっ…!」
咄嗟に後ろへ飛び、辛うじて致命傷を避けたオルクスだったが、胴体を真横に斬られ傷を負った。夥しい出血量がダメージの大きさを物語っている。阿部の鋭い視線がオルクスに向けられる。オルクスは傷を押さえながら憎々しく舌打ちをした。
双方暫くの睨み合いが続くと、オルクスの口元が僅かに釣り上がった。
「貴様は…阿部と言ったな…」
「それがどうした」
「レンが良く…名を呼んでいた…」
言葉の意図が解らず、阿部はただ薄笑みを浮かべるオルクスの瞳を見詰めた。
「貴様の名を呼びながら…レンは涙を流していた…私はレンの記憶を読み、レンが貴様の存在に依存し、怯えている事を知った…」
オルクスは傷に手を当て、回復を図っていた。その間に攻撃を仕掛けるのが最善だが、オルクスの話に阿部は動けずにいた。
「レンを返せなどと…良く言えたものだ。レンは貴様らを守ろうとここまで一人でやって来たのだ。レンをそこまで追い詰めたのも、涙を流す原因も…貴様に他ならない」
治療を終えたオルクスが背筋を伸ばす。顔には冷たい笑みを貼り付けたまま。阿部は徐々に顔を俯かせる。
「私からレンを取り返せたとて、貴様にレンは救えない!」
オルクスは手をかざし、背後に光を集め始めた。今度は阿部だけを目掛けて魔撃を放つつもりの様だ。
「シャイニング・ジェット!!」
強烈な六つの光はやがて一本に重なり、阿部に向かって突き進む。直撃する寸前、阿部は顔を上げた。
「リジェクト!!」
間一髪、阿部は攻撃を防いだ。強大な力を弾いた為に大地が揺れる。マグマの高笑いが聞こえた気がした。阿部の瞳は澄んでいた。
「俺もてめェの気持ちなんか知らねェけどな。てめェが俺達の何を知ってんだよ」
阿部は大剣を構え、オルクスに刃を向ける。
「三橋が泣いてんのが俺のせいなら、泣き止ますのも俺だ」
その時三橋が静かに涙を零した。
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