哀しみの序章



「待て、隆也」


睨み合う二人に口を挟んだのはヘリオスだった。ヘリオスは今魔法も使えないただの子供である。ルナも魔力を使い過ぎ、戦闘は不可能である。今まともに戦えるには阿部のみだが、圧倒的に経験値が足りな過ぎる。あれだけ鍛えた他のメンバーでさえ瞬殺されてしまったのだ。シャークにさえ力及ばない阿部の勝率は限りなくゼロに近かった。そこでヘリオスはある提案をした。


「お前の力、俺に寄越せ」


ルナの時と同じ様に融合するつもりだろうか。体に相当な負担が掛かる術も、元が同じ体だった阿部となら負担も軽いと読んだのだろうか。否、それ以上に、ヘリオスには自らが戦わねばならない理由があった。


「あいつに因縁持ってんのは、お前らだけじゃねェんだ」


オルクスが口元を釣り上げる。邪魔者と宿敵、同時に倒せるなら手間も省ける。
ヘリオスは真っ直ぐに阿部を見ていた。その眼光に強靭な意志を垣間見た阿部は黙ってヘリオスの要望に応える事にした。
煌めくモヤが二人を包む。離れていた体が再び原型を取り戻す。そして爆風と共に姿を現した聖帝、ヘリオス。ルナと融合した時とはまるで違う、本来のヘリオスの姿にルナは感涙した。ルナは本当に、心から彼を慕っていた。
それまで大人しく融合の完成を見守っていたオルクスが薄く笑う。


「ようやく…決着の時だな」

「ああ…永かったな…」


数万年の時に思いを馳せながら、向かい合った二人は静かに構える。それは清流の様になだらかで美しくすらあった。二人共相手の出方を伺っている様だが、先手を取ったのはヘリオスだった。
瞬時に懐に飛び込むと大剣を振り降ろす。ヘリオスの攻撃パターンを読んでいたオルクスは既にプロテクトを纏っていた。しかしヘリオスもそれを読んでいたのか、至近距離から魔撃を放つ。オルクスは咄嗟にミラーウォールを張り、攻撃を跳ね返す。それを紙一重で避けたヘリオスはもう一度サンダーコートを纏った大剣で斬り返した。跳ね上がったスピードに付いて来れなかったオルクスは僅かに肩に傷を負う。


「スゲエ…」

「力抑えてる筈なのに…」

「こんな戦いを何万年もやってたのか…」


皆が呆気に取られる中、ヘリオスとオルクスの二人は距離を取って睨み合っていた。


「やはり武器無しでは厳しいか…」


オルクスはそう言うと、傷を負った肩に手を当てた。すると流れる血液は徐々にオルクスの手に集まり、固まり始める。意味を理解したオルクスは顔を顰めた。


「ブラッド・ウェポン…!」


それは自らの血液を魔力でコーティングし、武器として扱う魔法だった。オルクスの血液は右手に集中し、やがて腕ごと覆う刃となった。しかし、これは血の一滴足りとも無駄にせず、命尽きるまで戦い続ける為に人間が開発した魔法だった。言うなれば最期の手段である。死を間近に感じているオルクスだからこそ、この技を選んだのだろうか。
オルクスはついに肩で息をし始めた。それでも武器を構え、オルクスは乱れた呼吸のままヘリオスと再度向き合う。そして渾身の力で飛び込み、武器同士が激しくぶつかり合う。暫く打ち合いが続いた後、オルクスは息を切らしながら魔撃を放つ。


「エクス…プロード!!」


しかし威力は殆ど半減していて、シールドを張る必要すらなかった。ついに膝を付いたオルクスを、ヘリオスは悲しげに見詰めた。それでもキッと眼光を飛ばし、再度斬り掛かろうとする。負けは目に見えているというのに、オルクスは諦めない。凄まじい執念にヘリオスは疑問を感じ始めた。


「オル!もうやめろ!何でそこまでするんだ!!」

「黙れ!!」


ヘリオスの呼び掛けに、怒号で返したオルクスの眼にもう光はなかった。


「何も知らない癖に…っ、アルトがどんな思いで君臨者を務めていたか…!実の兄であるお前は!何も理解していない!!」


既に限界近いオルクスは疲労感からか、ついに平常心を失った。


「一体何だってんだよ!俺がアルトの何を知らねェって!?」

「知ろうともしなかっただろう!!」


オルクスが飛ばしたのは、必死に震えを吹き飛ばす様な怒号だった。


「ヘリオスよ…何故我々には寿命が無いのだ…幾度と無く終わる命を前にしてきて、アルトがどんな気持ちでいたと思う…?」


ヘリオスはただ、オルクスの攻撃に備えていた。


「私は、私はただ──…!」


唇を噛み、瞳には憎しみを塗り付けたまま、オルクスは初めて泣きそうな顔をした。



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